映画評「沈まぬ太陽」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2009年日本映画 監督・若松節朗
ネタバレあり

山崎豊子と言えば山本薩夫のパワフルな映画化が思い浮かぶが、残念ながら彼はもういない。

1985年8月に起きた日本航空123便墜落事故の遺族補償に奔走した一人の人物の半生に焦点を当てて実在する大企業と政府の闇を焙り出そうとしているのに、大部分が事実でありながら固有名詞を偽名にした上でわざわざ「フィクションである」と言い訳しないといけない日本文化はいかにも弱い。法律大国のはずのアメリカの映画が実名でかなりのところまで描いているのとは極めて対照的だ。

渡辺謙は日本航空(JAL)ならぬ国民航空(NAL)の労働組合委員長としての強硬な姿勢を経営陣から嫌われてカラチ、テヘラン、そしてナイロビと左遷され続け、十余年の月日を経てやっと帰国すると、社長との約束は反故にされて組合同志たちは閑職に回され、副委員長だった三浦友和は経営陣に寝返って出世街道を邁進していて、呆然とする。
 そんな折御巣鷹山でジャンボ機が墜落、形式的にしか処理しようとしない会社の中にあって遺族係となった彼は誠意を見せ遺族の信頼を勝ち得た頃、国の要請で抜擢された新会長・石坂浩二に信用され会長室室長の地位を得て、腐った経営実態を洗い出す仕事を始める。やがて石坂は改革の手がきついとされて国から干され、それと共に渡辺も再びナイロビに飛ばされるが、被害者の苦悩を真に理解できた今は失意に沈むことはない。

山本薩夫作品で不満だったのは、あれほど人間の嫌らしい姿を描きながら“人間そのもの”がなかなか見えて来なかったことである。社会悪を見せることにしか関心がなく、社会に巣食う魑魅魍魎による現象を並べて我々庶民をぞっとさせたところで終わっているという不満を持ったまま今日に至る。それに対して本作は人間ドラマたらんとする意欲が感じられる。しかるに、僕が山本作品に望んだ“人間そのもの”はこう露骨なものではない。
 また、十分見応えがあるとは思うものの、主人公を接写しようとする余り、山本監督が社会悪を抉り出す際に見せたダイナミックさがかなり犠牲にされている感じが残る。人間ドラマと社会派ドラマの両立はなかなか難しいようです。

構成は墜落事故から始まって、1962年の過去に遡り時々現在を挟みながら進行、中盤になって現在に統一されるという形式だが、複数の時系列や場所が交錯する開巻直後の処理は一人合点で些かまずい。観る気を失くさせるほどでないのは幸い。

1964年冬に5-7歳の娘と10-12歳の息子が1969年2月になっても全く成長していないのは変だが、僕の勘違いかと思ってクレジットを確認したら、やはり子役を一人ずつしか使っていない。成長の激しい時期の4年強を一人の子役に任せるのは無謀でありましょう。

誰ですか、“鎮まらぬ胃潰瘍”なんておっしゃっているのは?

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この記事へのコメント

2010年12月11日 20:54
プロフェッサー、こんにちは。

本作、私は人間関係、その描写はとても面白いと感じました、醜い程。

社会派ドラマとしは、首をかしげますね。
墜落関係の描写も弱いですしね。

展開は私はそれほど違和感は感じませんでした。子供の件も、そうでしたか。


私が一番楽しんだのは、主人公の生き方、信念を貫く一人の男としての生き様、それを楽しみ、そして、最後、
アフリカの広大な大地の画を見せられて、それまでのドラマが紙くずのごとく、小さなものに感じられた点、
それがとても印象強く、妙に心に残りました。

あと、日航の本作への対応が、なんとも、小さいなと・・・・。
オカピー
2010年12月12日 01:14
イエローストーンさん、こんばんは。

>人間関係
純粋に人生劇として捉える限りは相当面白いのですが、僕は山本薩夫監督の一連の社会派大作についぞ見い出せなかった血と肉を感じさせる人間を期待しすぎた為に多少失望を覚えましたね。
要は、社会派劇としての形を十分に維持しながら人間ドラマも見せて欲しかったわけですが、現状では社会派の要素のある人間劇程度ではないでしょうか。つまらなくはなかったわけですが。

>展開
全体の展開というより、序盤の三つの場面の交錯の仕方が呼吸が悪いというか、独善というか、ちょっと気に入らなかったのですが、象の描写は倒れる巨大企業とオーヴァーラップさせる意味として捉えるのがやはり正しい理解なのかな。

>子供の件
文字で紹介されるから4年余りの月日があるのが解りますが、あの子供たちしか見ていなければ1年くらいしか経っていないように感じられてしまいますね。
最初は母親が抱えているなどそれなりの工夫もあるようですが(苦笑)。
逆に良かったのは、用心棒さんも指摘されていたと思いますが、1973年を文字の代わりにカレンダーで示したこと。

>アフリカの広大な大地
ふーむ、神の視点で観れば人間の営みは喜劇ですかね。^^

>日航
過去の経営陣のお話と割り切れないのは無理もないかなあ。
名誉棄損云々は極めて阿呆らしいと思いますね。
2010年12月12日 20:47
 おひさしぶりです!
 劇場で観たときには十分に楽しめました。ここ数年は観に行ったときは周りの観客がどういうシーンで集中するのかとか、油断しているのかとか見ているのがけっこう楽しいですよ。

 山本監督の時代と今の時代では表現や人間への抉り方が違っていて、かなり緩くなってきています。後々のトラブルを考えるとどうしてもソフトになってしまうのはしかたないのかとも思います。

 映画が権力への反抗だったのも過去の話で、残念ながら今では娯楽という捉え方ばかりしかされなくなり、出演者たちもTVにしゃしゃり出て、ただ宣伝役に徹している状況であり、重さがなくなりました。

 出てきても薄っぺらい物言いしか出来ないのならば出てこなければ良いのにと思う人も多い。

 映画はどんどん中身がなくなってきていて、二時間付き合っても、「おおっ!」と思わせる作品が年々減っています。いっそのこと、新人主演で、新人監督で、モノクロで、サイレントの作品を撮らせてやれる太っ腹の会社に出てきて欲しい。

まあ、無理でしょうけど…。こうなってきたら、踊る阿呆として映画を楽しむ方が正しいのかもと思っています(笑)

ではまた!
オカピー
2010年12月13日 00:08
 用心棒さん、こんばんは。

 日本はさしさわりのない内容でも実名を控えるのが習慣になっていますが、何故なんでしょうかねえ。
 例えば、長嶋一茂が主役を張った「ミスター・ルーキー」では彼が所属する阪神タイガースは実名なのに、ライバル・チームが読売ジャイアンツに出来ないなんて馬鹿らしいったらありゃしない。
 北朝鮮も「007」のようにそのまま出さずに、北東共和国などという適当な名前で誤魔化す。
 室町時代に舞台を移さざるを得なかった「仮名手本忠臣蔵」の昔ではあるまいし、この程度はどうにかならんでしょうかねえ。

>踊る阿呆
 一通り楽しめればそれも良いですが、余りに芸のない作品が横並びではそれも難しいような気さえしていますよ。その割に最近の僕は採点が甘いですけどね(笑)。
2010年12月13日 19:35
 こんばんは!

>採点が甘い
ぼくも最近そうなってきています(笑)

なんというか、少しでも良いところを見つけようという姿勢が強くなってきているのと、ちょっと批判したり、本質を抉っただけで言いがかりをつけてくる輩があまりにも多く、オブラートに包んだり、褒め殺しをするような表現になっています(笑)

 年末最後は何を観に行こうかなあという感じですよ。DVDではこの前『霧の旗』を借りてきましたよ。仕事の合間にのんびりと見たいですよ(笑)

ではまた!
オカピー
2010年12月13日 23:55
用心棒さん、こんばんは。

>本質を抉っただけで言いがかりをつけてくる輩
ふーむ、具体的に文句を付けてくるなら良いですけど、そういう輩に限って大概抽象的なんで、反論もせずに速攻で消去します。
多少具体的な連中でも文章がまともに読解できていないケースが多いです。そういう場合は他人に文句を言う前に文章を読む力を付けろとよく言いますよ。勿論こちらの書き方がまずい場合もありますけどね(苦笑)。

最近の映画的感覚に乏しい作品を観続けるのは苦行ですよ(笑)。
毎日古い映画を観ていた方が楽しいのは解っていますが、今のところはそこまでふんぎりがつかない。
2010年12月15日 00:46
 こんばんは!
 だいたい4000字以上になる長い文章の中のほんの一言二言に対し、鬼の首でも取ったようにギャアギャアとヒステリックなコメントを延々と垂れ流す輩がいて、ウンザリすることも増えています。

 ハリー・ポッターの前作について、映画の出来や繋ぎが悪いので、思った通りに書いたら、「ハリー・ポッターをなめんなよ!」というあまりにも愚劣で低レベルのコメントが入っていました。

 同時期に始まった『ロード・オブ・ザ・リング』に比べると誰も目にもポッター・シリーズの映画としての出来の悪さは明らかだと思うんですけどね。
>ふんぎり

 まあ、ぼくもなんやかや言いながら新作を毎月観に行っていますよ(笑)ちなみに、ここ10年くらいで映画の宣伝で嫌な言葉は「泣けた!」「感動した!」で、あとはおすぎの声となります(笑)

 ではまた!

これらのワードが出てきたら、条件反射で回避します。
オカピー
2010年12月16日 00:17
用心棒さん、こんばんは。

>ハリー・ポッターの前作
このシリーズは監督が都合4人くらいいると思いますが、繋ぎの良いのと悪いのが監督により差が出て面白いなあと思いましたねえ。
そもそもそんな輩は繋ぎなんて概念自体がないだろうし、批評とはどういうものかも解っていないでしょうね。

僕のところでも嫌がらせに何度も来るのがいて“上から目線”という言葉を使っていましたが、典型的に批評の何たるかが解っていない者の戯言で、少なくとも僕は批評そのものについて何十年も学んできましたよ。僕の述べていることはアリストテレス以来定評のある演劇観とここ100年の映画観に基づいているわけで、勉強すればある程度の知能があれば出来ること。それが解れば“上から目線”などという的外れなコメントも出て来ないでしょう。

>「泣けた!」「感動した!」
僕は涙腺が弱いからよく涙を流しますが、涙の量を映画の良し悪しにはしないです。
いずれにしても、“泣ける”≠“感動”≠“秀作”ではありませんよ。その“感動”が映画そのものから受ける感動なら秀作でしょうけどね。

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