映画評「ピンキー」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1949年アメリカ映画 監督エリア・カザン
ネタバレあり

「紳士協定」の次にエリア・カザンが作った人間ドラマ。日本未公開。今回のWOWOWのカザン特集では本作だけが未鑑賞だった。

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ある南部の町、外見は全く白人のジーン・クレインが看護学校を卒業して祖母エセル・ウォーターズの家に帰って来る。祖母は紛うことなき典型的な黒人の老婦人である。

観客はこれはどういうことかと首をひねることになるものの、彼女の両親については一切説明されない。片方が白人なのだろうと推測されるだけである。とにかく、本作が彼女の過去ではなく、現在及び未来を描いて行くことを眼目にしていることがこれで理解される。

祖母は孫娘に家に残ることを希望、少なくとも重病に陥った白人の老婦人エセル・バリモアが亡くなるまで看護を続けてほしいと懇願する。祖母は恩人なのだと言う。やむなく面倒を見始めた老婦人は皮肉屋で厳しいが、その厳しさの裏に人間を公平に扱う精神と深い洞察力を宿していることがジーンにも解ってくる。
 やがてバリモア女史が死去、遺書に基づいてジーンが屋敷と土地を相続することになると、老婦人の従妹イヴリン・ヴァーデンが遺書無効の訴えを起こす。人種のプライドを賭して彼女は受けて立つものの、黒人を理由に様々な侮辱的な発言が繰り返される。

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40年代のカザンはユダヤ人への民族差別を描く「紳士協定」など扱いにくい素材に果敢に挑戦していた。南部にも色々な人がいることを示す良識のある作り方になっているが、それでも当時の南部では本作を上映すれば頑迷な白人至上主義者が映画館に放火する可能性すらあったのではないだろうか。本来の監督者であったジョン・フォードが途中で投げ出している事実から黒人差別問題を扱うことが当時いかに厳しいものであったか伺い知ることができる次第である。

勿論それだけを理由に誉めたら映画評とは言えず、この時代のカザンには映画表現的にまだ生硬な部分があったことは指摘しておかねばならない。元々舞台の演出家だっただけに場面ごとの演出は重厚で優れているが、脚本に問題があるにせよ、お話の流れが些かぎこちないのである。

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本作で特に気になるのは、ヒロインが「屋敷と土地を役に立てなさい」という遺言をどう実行したら良いか悩む部分。
 映画の前半に黒人医師が彼女に看護師志願者を指導して貰えないかと協力を依頼する場面があり、大抵の観客は学校に利用されることになると推測するが、ヒロインは白人医師と結ばれるチャンスを棒に振った時点に至ってもそのアイデアに気付かない。ここに観客とヒロインの思考の間に齟齬が生まれ、学校を作ることになるのが幕切れと解り切っているからどうにもイライラさせられる。案の定ラストシーンは時間的に飛んで看護学校の場面である。
 こういう展開にするなら黒人医師の訪れる場面がない方が効果的。どうしてもその前段を入れたいのであれば早めにヒロインに学校を作る目的を抱かせた方が観客としてもスムーズに鑑賞できる。2年前の「影なき殺人」同様裁判シークエンスの捌きは良い。

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この記事へのコメント

2010年08月30日 07:30
おはようございます。
ジョン・フォードが作りかけていたのですか!?
黒人差別を正面から取り上げているのは感心します。裁判官(?)が理解のある人なのが映画的に都合がよすぎる開かなと、多少思いました。
看護学校ができるまでや、その後の困難については、また別の話なんでしょうねえ。
オカピー
2010年08月30日 23:42
ボーさん、こんばんは。

>ジョン・フォード
Imdbでチェックしますと、uncreditでジョン・フォードの名前があります。
どうも内容が重すぎるので途中で放棄してしまったらしいです。

>裁判官
当時の南部にあれほど気のきいた判事がいるとは考えにくいですが、裁判映画ではなくあれ以上長尺にもできないのですんなりさせたのでしょうね。

>その後の困難
実際にはそちらのほうが難しいはずです・・・
嫌ですねえ、人間の狭量は。

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    Excerpt: 「荒れ狂う河」に続いて、劇場未公開のエリア・カザン監督作品を観賞。 Weblog: 或る日の出来事 racked: 2010-08-30 07:20