映画評「チェイサー」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2008年韓国映画 監督ナ・ホンジン
ネタバレあり

韓国製サイコ・サスペンスとしては「殺人の追憶」という傑作があるが、新人監督ナ・ホンジンによる本作の手応えも相当なものである。

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元刑事の元締めキム・ユンソクに命じられた出張売春婦ソ・ヨンヒが出張先で連続殺人の変質者ハ・ジョンヒによりノミで痛め付けられ、死なないまま監禁される。キムはハに送り出した女性たちが帰って来ないのに腹を立てて探し出そうとしているうちに、殺人を起したばかりのハと交通事故を起こし、携帯電話から目的の男と判明し、痛めつけた為に警察騒ぎになり、ハの自白から連続殺人が明らかになる。
 が、証拠が出て来ないのに恐れをなした検事が釈放を命じたことから、さらなる事件が起きることになる。

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本作の面白さは、元締めが不純な動機で売春婦失踪の原因たる犯人を捕まえようとしたことから恐るべき連続殺人犯と対峙することになる巻き込まれ型の着想にあり、ヨンヒが残した幼い娘の為にやがて彼女の命を救おうと必死になるという目的意識の変化を表現する一連の描写が優秀である。

終盤、ハの釈放から、キムとヨンヒにとっては犯人が出現するまでに現場を発見若しくは現場から逃げ出すことができるかという時間とのチェイスが始まる。この時点で既に相当ハラハラさせられるが、圧巻はヨンヒが逃げ込んだ店にハが現れ居座るシークェンスで、強烈なサスペンスの醸成手腕に非常に感心させられた。その間に警察の無能ぶりを浮き彫りにする趣向も良い。

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しかし、絶賛しているのに星を程々に留めざるを得なかったのは、大事なところの詰めが甘いからである。

最大の難点は、釈放されたハを女刑事パク・ヒョジョが見張っている最中に新たな殺人が起き、犯人がまんまと現場から逃走していること。警察の無能を表現するエピソードの一つだが、そうであってもどう犯人が女刑事の眼を掻い潜ったか具体的に描写する必要がある。結果的に犯行を起す店に入った後ハがなかなか出て来ないのに彼女が様子を伺いに行かないのは常識的に考えられず、後で頭を抱えられてもこちらが困る。

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また、それまで間抜けを極めていた警察が突然優秀になったのか、苦労の末にやっと犯行現場を突き止めたキムの後を追うように現れるのも疑問。彼の後でも追跡してきたなら解らないこともないが、それならもっと早く現れるはずで、どう解釈してもご都合主義である。
 以上の二つほど重要ではないものの、ヨンヒの娘が一体何の為に傷つけられたのか解らないのも気になる(犯行を見せよという意味ではなく、ドラマツルギー上必要かの意味)。

僕が3年前まで乗っていた愛車もチェイサーでしたぜ。

この記事へのコメント

2010年04月27日 18:54
こんにちは。
なかなか見ごたえのある、下腹にずっしと重いものが残る映画でした。「殺人の追憶」以来の韓国映画のふとつのジャンルになった感がある猟奇犯罪ものです。人間の精神を分け入ってみれば、どこかでこの殺人犯のような「闇」があるような気もします。単に「異常」ということでは片付けられない狂気のようなもの、絶対悪のようなもの、そういうものは現在のちゃらちゃらした日本の警察もの、クライムストーリーからは希薄になってしまっていますね。
ドラゴン
2010年04月27日 22:58
展開作りが新人監督とは思えない程うまかったです。監督はたくさん映画を観てきたのでしょうね。それだけに終盤は惜しかったですね。ただ、最近のこの手の韓国映画は堪能させられるけど、少し肌に合わない気がします。見た目が日本人に近いところがあるので、入り込みやすいというのはあるのですが。
オカピー
2010年04月28日 00:49
kimion20002000さん、こんばんは。

>重いもの
その重さは、犯人が何故犯行に走ったかということが明らかになっていないことが寄与しているのでしょうね。
そんなに簡単に解明されないからこそ、人間には闇があると言えるわけですからね。

>日本の警察もの
そうですね。
それならそれで文句を付けられないくらい面白いものを作ってくれれば良いのですが、エンターテインメントにもなっていない。
オカピー
2010年04月28日 00:58
ドラゴンさん、こんばんは。

>新人監督
大した話術でした。
何故か日本ではこういう重厚な犯罪映画が作られなくなってしまった。

>最近のこの手の韓国映画・・・
ふーむ、多分韓国の人々が傍若無人、若しくは他者に対して感情的すぎるからじゃないですかね。
捕まった犯人が警官・刑事に同じように刃向うにしても、日本人はどこかに官憲を畏れ憚るところがありはしませんか?

>見た目
どの出演者にも、芸能人とは限りませんが、似ている有名人があれやこれやいます。観ながら誰かに似ているなあと考えるのが楽しかったりしますね。^^
シュエット
2010年04月28日 13:05
これはちょっと体調とバイオリズムの加減で劇場鑑賞はスルーし、WOWOWにて鑑賞した映画。本作も書かれているように詰めの甘さとかもあるんだけど、かなりガツンと来た映画。暴力描写が生々しいとかってよく言われるけれど、私は韓国映画の暴力シーンは、暴力そのものを過激に描こうとしたているわけではなくって、現実そのものを描こうとしての描写、そこに眼をそむけずに描ききろうとする彼らのエネルギーに圧倒される。
かつて高度経済成長にあった戦後日本にあって、そんな日本社会の歪に焦点をあて、描かなければ…そんな熱い思いで素晴らしい映画をとり続けた日本の映画人たちと今の韓国の若手映画人たちとが重なる。映画で語ろうとする熱き思いが、彼らの生々しいまでのリアルな描写を通してひしひしと感じられます。
シュエット
2010年04月28日 13:08
追記
「路上のソリスト」も放映されますよね。こちらの記事楽しみにしてます(プレッシャー?)
シュエット
2010年04月28日 13:13
ごめん追記の追記
>ヨンヒの娘が一体誰により何の為に傷つけられたのか解らないのも気になる
こんな殺人が、案外と韓国社会で日常で起きているのかもしれませんね。それだけ今の韓国社会って経済発展の豊かさと人々の生活レベルがアンバランスで、そこからさまざまな犯罪が起きているのが現実かもしれませんね。
オカピー
2010年04月29日 00:17
シュエットさん、こんばんは。

韓国映画はロマンスなんかは全く大したことはなくて、一部を除いて昭和初期の日本映画のレベルにも達していないと思いますが、最近の犯罪映画には何故か良いものが多いですよね。

シュエットさんの仰るように、全体の映画熟成度から言えば、日本の昭和40年前後くらい、松本清張や水上勉が良い小説を発表していた頃のような感じなのかなあ。

>ヨンヒの娘
この文章だけでは誤解される可能性が高いので、カットすれば良かった。
要はドラマツルギーの問題で、犯行を見せろとかそういうことではありません。
例えば、少女が傷ついていない方が実はサスペンスは増すんですよ。
主人公の気持ちを表すにしても病院へ連れて行かなくても表現できるわけで、何故病院へ連れていく必要があったかドラマツルギー的に疑問が残る、ということです。
勿論社会現象としてシュエットさんの仰るようなこともあり得ますが、僕はあくまで映画の作り方から考えました。^^

>「路上のソリスト」
こちらの評価でご覧になると言われ、その反応を待つより良いです。^^)v
2010年04月29日 09:46
 おはようございます!
韓国の映像関連では韓流と呼ばれるTVドラマ群を思い出しますが、わざとらしいし、映像自体も感心したことはありません。

映画では『猟奇的な彼女』『殺人の追憶』など超有名作しか見ていないので、全体像は分からないのですが、クライム系作品にはバイオレンスが渦巻いていて、見応えのあるものが多いように思います。

今見たいのは『息もできない』という映画で、これも殺伐とした世界観が描かれているようなのですが、僕の近所ではやっていないので、DVD化されるまで待つつもりです。

反応や地上波放送などの放映権やら、DVD化してレンタルで儲けようというのがありありの日本映画ではなかなか見ることの出来なくなった類の作品ですね。

ではまた!
シュエット
2010年04月29日 10:35
>その反応を待つより良いです。^^)
これは劇場鑑賞して、私的には感動した作品…なのでP様の評価が待ち遠しかったの! WOWOW放映でいつ記事あげられるのかと、心待ちしております。
シュエット
2010年04月29日 10:38
横レスすみません。
用心棒さん。「息もできない」まだ公開中だったら、これはぜひぜひスクリーンで! 心斎橋のアメリカ村にあるシネマート。私は仕事終ってから7時の回で逝ったけど、帰りはもう気持ちが高ぶって、すこぶるいい気分だった(映画の内容とはそぐわないけれど、いい映画の高揚でした)
P様横から勝手にごめんなさいね(ペコリ)
オカピー
2010年04月30日 00:57
用心棒さん、こんばんは。

>全体像
洗練度から言えば、日本映画の方が断然上ですよ。
が、TV局が絡んだ作品が幅を利かし始めてから、どんどん後退しているのだから、呆れたものです。

「猟奇的な彼女」はアリストテレス以来のドラマ論を破壊するかと思われビックリましたが、以降出てくる韓国メロドラマは皆このパターンだったので、がっかり。
尤も「猟奇的な彼女」がその先鞭をつけたのなら「シックス・センス」的な意味で評価は出来るかなと思います。

>クライム系
完全に解明させないことで人間精神の不気味を出そうとする傾向がないわけでもないので、将来性には多少疑問がありますが。

>『息もできない』
何だかキム・ギドクを思い出させるタイトルですなあ。^^
オカピー
2010年04月30日 01:00
シュエットさん、こんばんは。

プレッシャーはないですが、シュエットさんの評価と余りに違うと書きにくいということはあります。^^

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