映画評「ナイロビの蜂」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2005年イギリス映画 監督フェルナンド・メイレレス
ネタバレあり

「寒い国から帰ったスパイ」以降日本でも有名になったスパイ小説の大家ジョン・ル=カレのサスペンス小説を「シティ・オブ・ゴッド」という社会派の傑作を放ったブラジル人監督フェルナンド・メイレレスが映像化した作品。恐ろしく鈍重なタッチのル=カレを映像化するに際しては、ジョージ・ロイ=ヒルが「リトル・ドラマー・ガール」で試みたように味付けを変えたほうが面白くなる可能性が高く、本作の脚色に当たったジェフリー・ケインもその辺りを相当に考慮した模様である。

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ケニアに赴任中の英国外務省一等書記官レイフ・ファインズがナイロビ空港から見送ったばかりの妻レイチェル・ワイズがトゥルカナ湖畔で運転手の現地人と共に死体になって発見され、難民救済活動家だった妻と知り合った時から旅立つ日までを回想する。彼女はケニアで無償で行われている薬の投与に製薬会社の陰謀があることを察知して収集したデータを外務省に出し製薬会社の経営者と接触した挙句、その数日後に死んだことになる。
 一緒に旅立った現地の医師との不倫の末に起きた殺人と現地警察は見るが、ファインズは妻が信頼していた弁護士や彼女に横恋慕していた外務省の友人などの話から妻が殺された原因が製薬会社と外務省官僚との黒い癒着にあることに気付き、妻の死んだトゥルカナ湖畔に降り立つ。

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愛を描いた映画だ、いやサスペンスだ、社会派映画だ、とジャンル即ちテーマを巡って色々な意見が飛び交ったようであるが、これはロマンティック・サスペンス(僕が今作った造語)ですな。愛欲にからんで危険が生じる模様を描くラブ・サスペンスとは違って、愛が冒険を引き起こすのである。
 つまり、庭いじりに勤しんで冒険を避けていた男が、一度は催した亡き妻への疑惑が解けたのを契機に妻を走らせたものを追及し、妻のやり終えなかったこと(調査)を成就する気になる。その行程は同時に妻の足跡をたどる旅でもある為に、最後は必然的に現地人の殺し屋が待機している湖畔へと赴かねばならない。

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彼の切ない決意に関しては色々と批判も多いようだが、愛のドラマと見る向きには最もふさわしい幕切れであろう。

その過程で浮き彫りになるのが所謂“新南北問題”で、この作品では北側の製薬会社が新薬を彼らが安いと思っているアフリカ人の体で実験台にしていること、そこに会社と役人の癒着があることが指摘されるのだが、かかる事実を糾弾する北の人々を殺すのも北側の銃器製造会社による武器であるというのも実に皮肉な話として強烈な印象を残す。資本主義は人間の行動心理に即した最も実際的な経済の仕組みとは言え、何事も行き過ぎてはダメだという思いを禁じ得ない。

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しかし、本作の真の価値はその社会性を感じさせる部分ではなく、そうした残酷な現実に目を瞑ってきた夫を突き動かす妻への愛が純度高く描かれたことにある。映画や文学のテーマとして、“愛”が“社会性”の前に跪かねばならない理由などどこにもない。

対岸の火事にあらず。我が邦の薬害エイズや薬害肝炎問題も似たようなもんでしょ。

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この記事へのコメント

2009年04月20日 14:27
やっとコメントできる記事に。(^^)
ムード超先行&PV映画の延長線上にある
ウォン・カーウァイものマイTBは
すすんで(笑)遠慮させていただきました。
最近は異論記事を持参する元気ございません。
^^;

>ロマンティック・サスペンス
>(僕が今作った造語)
>愛が冒険を引き起こすのである。

そのとおりですね。
夫、自らが彼の堅い殻を破って
まるで衝かれたように行動する展開はとても
サスペンスフル(こんな言葉ありかしら^^)
でしたね。

閑話休題。

ルビッチの「淑女超特急」
「ディメンシャ13」(コッポラ)の2本を
DVDで仕入れましたがプロフェッサーは
もちろんご覧になっていらっしゃる?
どんなご感想でしょうか?
オカピー
2009年04月21日 01:21
vivajijiさん、トラコメ有難うございます。

>ウォン・カーウァイ
彼の作品は人によって好悪が激しいんですよね。
しかも男性は苦手、女性は贔屓というパターンが圧倒的に目立ちます。
僕も作品によってはムードを重視することもありますが、カーウァイは展開と場面の重ね方が抽象的すぎてピンと来ないんだなあ。
どうもすんません。

>サスペンスフル
ちゃんとした英語ですよ。

>「淑女超特急」
ルビッチのトーキー映画は殆ど全部見ているのでどれがどんなもんだったか...と、古い映画評を探してしまいましたよ。(笑)
大先生の仕事としては上出来ではないらしくて、「離婚騒動でもたつき」なんて表現がありますが、そこは最近の作家と腕前が違うのでそこそこ楽しめたようです。
採点はブログ向けに翻訳すると☆☆☆★ですね。

続く…
オカピー
2009年04月21日 01:23
>「ディメンシャ13」
ふーん、コーマン時代の作品ですか。こちらは観ておりましぇん。
昔からコッポラではなくスピルバーグ派だったので、スピちゃんの未公開映画は結構積極的に観ましたが。
実は、学生時代に作ったとかいう「グラマー西部を荒らす」というのは長い間観たいと思っているんです。ルルーシュの「女を引き裂く」という映画と共に。
シュエット
2009年04月21日 10:35
映画は映画として素晴らしかったし、そしてジョン・ル・カレの原作も原作で良かった!
アフリカの大地を描き上げた映像に、フェルナンド・メイレレスは二人の愛の物語を通して、アフリカの置かれた状況も包み込んでアフリカそのものを描こうとしたんではないかしらって思うほど素晴らしい映像だった。
本当にP様が書かれているように、妻への愛を純度高く描いた作品。私も劇場公開時に観た以上に、WOWOWでの放映で再鑑賞した時、さらに愛の崇高さに感動を覚えたし、今P様の記事を読んでいると「崇高」という言葉よりも、まさに「純度」という言葉がふさわしいなって思いました。
原作の感動と読後感の余韻と同じ質を、映像でもう一度深く味わうことができた作品でした。
シュエット
2009年04月21日 10:39
書き忘れ。
しかし、レイフ・ファインズは「イングリッシュ・ペイシェント」といい本作といい、愛を演じることにかけては素晴らしい役者ですね。
殺し屋を待ち続けるレイフと、続くアフリカの大地の映像。ラストシーンがまた素晴らしい。
オカピー
2009年04月22日 00:10
シュエットさん、TB&コメント有難うございました。

>原作
ル・カレの原作も読まれましたか。
映画も観たことだし、原作を読める環境が整ったわけですので、読んで比べるのも一興ですね。^^

>「崇高」「純度」
いえいえ、崇高な愛を純度高く描いた、のですよ。^^)v

>レイフ・ファインズ
(英国的で)苦手という人をちらほら見かけたのですが、僕は英国的だから好きですね。^^
“愛”そのものを具現する俳優なのかな。
ロシア的な気分が希薄ながら僕を喜ばせた「オネーギンの恋文」の主演もしていましたよ。実はプーシキンと「イェフゲニー・オネーギン」は僕が一番好きなロシア文学。
トム(Tom5k)
2009年04月25日 20:50
オカピーさん、こんばんは。
今日は、久しぶりにゆっくりと過ごせましたよ。アラン・ドロンの新発売DVDが届いたんで観てました。
ドロンの代表作2本を映画館で観てから、最近、自身のドロン映画ファン史を自分なりに再整理しているところです。
さて、「ナイロビの蜂」は姐さんに勧められて観ましたが、最近の映画としては素敵な作品でしたね。映画らしい映画でしたよ。
テーマもしっかりしているしモンタージュもフラッシュ・バックも基礎基本に立ち返れるようで面白かった。

>映画や文学のテーマとして、“愛”が“社会性”の前に跪かねばならない理由などどこにもない
いい言葉で閉められていますね。まるで90年代以降のゴダールのようです(笑)。
それにしても、気のせいかな?
オカピーさんの文章、以前にも増してレベル・アップされているように感じるんですが・・・。
では、また。
オカピー
2009年04月26日 02:00
トムさん、こんばんは。

>フラッシュ・バックも基礎基本
序盤は回想形式ですが、昨今の観客を混乱させる為のものではなく、純粋な回想でしたね。
一つ不満があるとしたら、夫人が現地人医師と歩く場面の自然光撮影の為に質感が他と明らかに違っているのに物語的に意味を持っていない点かな。
例えば、誰かが16mmカメラを回していたとか・・・

>レベル・アップ
いや、個人的にはスランプだと思っているんです。
そこを無理矢理捻り出しているので、上手く行った場合にはそういう印象が生まれるのかもしれません。
「生まれ出づる悩み」か。(笑)

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