映画評「ラスト、コーション」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2007年アメリカ=中国=台湾=香港映画 監督アン・リー
ネタバレあり

恒例【1年遅れのベスト10】の2007年度ベスト1に選んだ「ブロークバック・マウンテン」に続いてアン・リーが発表したサスペンス仕立ての恋愛映画。前述作と甲乙つけがたい秀作と言って良いのではないだろうか。

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構成上の順番は多少前後するが、物語は1938年の香港から始まる。

大学の演劇部員として抗日ドラマの主役を演じて高揚感を覚えたワン・チアチー(タン・ウェイ)が、仲間たちに賛同して日本の傀儡政権特務機関のトップであるイー(トニー・レオン)を暗殺する目的を以って、“貿易商マイ”の夫人として夫妻に接近、親交を深めていくが、計画を実行に移す前にイー夫妻が上海へ越した為に学生たちの計画は挫折する。

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というのが前半のお話で、映画としては演劇部員が実際の社会において命を賭して演技をするという部分が感興を呼ぶと同時に、愛人になる用意として性体験を積んでいく辺りの描写も彼女の意志の強さを表現して強い印象を残し、後段のぐっと強烈な描写、濃厚なムードへの布石を成している。心理を読み合う麻雀場面が頻繁に出てくるのも心理サスペンスを印象付ける要素として印象深い。

1941年、彼女は故郷に近い上海大学で勉学に勤しむが、本格的なレジスタンス活動に身を投じていたかつての演劇部リーダー、クワン(ワン・リーホン)に請われて再びマイ夫人を演じることになって計画通りに彼の愛人になることに成功するが、暗殺決行の日チアチーは宝石店で「逃げて」と彼に囁いてしまう。

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巷で一番の話題になったのは題名の“ラスト”が意味する【欲望=肉欲】を表現するセックス・シーンだろうが、ヒロインが心からの歓喜の表情を見せないのはスパイ故の自戒(イーが変態的な性行為を示すのは故国を裏切っているという意識から生じる孤独への抗い)であろう。それに呼応してアン・リーは見た目は壮絶な場面にも拘らず半ば事務的に撮る。官能的に撮ればヒロインの感情と合致しないからだ。従って、過去話題となった官能場面と比べて云々するのは大して意味がない。
 しかし、この作品全体は女スパイが敵に恋するというジレンマを基本設計とし、心理を探り合う展開としているが故に濃厚な映画的ムードを生む。映画ファンにとってはこれが官能である。それを増幅するのは、物凄いお金の掛け方で見事に再現(上海自体が古い街並みを残しているのは終戦直後を舞台にした邦画「魍魎の匣」でロケされていることからも解る)された上海の古い街並みだ。

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彼女が自身のイーに対する愛情を確信したのは指輪を贈られると知った瞬間であろうか。宝石店で指輪を嵌めた彼女は、いきおい、自分の破滅を意味するのを承知した上で「逃げて」と言ってしまう。愛情に正直になったのである。
 同じように戦争を背景にした恋愛映画「肉体の悪魔」のヒロインについてもそうだが、冷静に判断すれば馬鹿げた行動である。自己矛盾である。しかし、これは起こりうる。何となれば、男女の恋に限らず、愛情は時に人間を盲目にし愚かにするからである。戦争が人間の愚かさの常態を示すなら、恋愛は人間から愚かさを引き出す。恋愛における人間の性(さが)、まして戦争という極限状況におけるそれは、共鳴し合って進行する故に、我々に絶望的な切なさを喚起しないではおかない。そんなことを思い、余韻に浸りながらエンディング・タイトルを眺めていた。

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トニー・レオン、新人タン・ウェイのムードもよろし。

映画マニアには、イングリッド・バーグマンの渡米第1作「別離」、ケイリー・グラントとアイリーン・ダン共演作「愛のアルバム」が少し観られるおまけ付き。ヒッチコック「断崖」のポスターも嬉しい。これらの作品は日本では勿論戦後公開でありました。

カタカナの邦題を初めて観た時、「最後の警告」の意味かと思いました。

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この記事へのコメント

2009年03月30日 18:08
TBありがとう。
結構、この作品は、きつい評価が多いみたいですね。
僕は、アン・リーの役者論として、感心してみていた思いがあります。
オカピー
2009年03月31日 00:30
kimion20002000さん、こんばんは。

>きつい評価
僕の周辺では、kimionさんを含めて4:1くらいの割合で好評でしたが、ダメな人はダメみたいですね。
僕は愛欲には淡白だから、心理サスペンス的に楽しんだわけですけど。
シュエット
2009年04月03日 10:28
>恋愛における人間の性(さが)、まして戦争という極限状況におけるそれは、共鳴し合って進行する故に、我々に絶望的な切なさを喚起しないではおかない。
ただ、ただ、言葉を失っての映画感想記事ですが、TBしますね。
これほど男と女の愛、セックスそのものを、かくも生々しく、激しく、締め付けられるほどの痛みを覚えさすほどの映像で描いたアン・リーにただ、ただ感服です。「ハルク」(私は大好きなんだけど)製作後、監督を辞めようとまで思った彼が「ブロークバック・マウンテン」の原作と出会い、再び映画監督として復活し、そして本作。観ているとき以上に観終わったた後に、感動の余韻がひたひたと押し寄せるあたりは今までの彼の作品と変わらないのだけれど、なんかアン・リーはさらに高みへと昇ったような、あるいは何かが吹っ切れたような印象さえもつ復活後の2作。
シュエット
2009年04月03日 10:29
続き。
先日もWOWOWで再見してみて、やはり胸が塞がれたような感覚。
私はあのセックスシーンに二人の痛いほどの魂を感じさせられました。
愛を語れない代わりに憎しみで相手を痛めつけて、その痛さが愛の深さ。そのことが二人に痛いほど分かっているから、なおさらに辛くて哀しくて空しい。
セックスシーンを官能だのどうのと騒がれるのはいやだわ。あの場面に二人の愛が如実に描かれているのに、って思う。官能なんぞというレベルではないんだけどなって思う。それを描きあげたアン・リーは凄いって思う。
オカピー
2009年04月04日 01:58
シュエットさん、TB&コメント有難うございます。

シュエットさんのようなうまい形容はなかなか出来ませんが、あの逢瀬ごとに微妙に変わっていく辺りに、“愛”への過程があって、夫々に深い意味合いがあるわけでしょ?
僕はその辺は苦手だからまるっきり避けてしまいましたが、戦争を引き起こす人間の愚かさは嫌だが、恋が引き起こす人間の愚かさは切ない、という思いが渦を巻いていました。ましてその恋は戦争が起こしたわけですから、うーむ、声を失いますね。

>「ハルク」
意外と良い映画ですが、やはりアン・リーが作る作品ではないですね。

>「ブロークバック・マウンテン」
上海の濃厚なムードを取るか、アメリカ山岳地帯の清冽な空気を取るか。
どちらも捨てがたいですが、一応「BM」のほうが好みということにしています、今のところ。
そんなことを言うと中学時代に巻き起こったホモ疑惑が再浮上しますが。(爆)

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