映画評「赤ひげ」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1965年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

デビュー作「姿三四郎」以来黒澤明は一貫してヒューマニズムの作家であったが、最後のモノクロ作品である本作は初見時から黒澤ヒューマニズムを集大成したという印象が強い。原作は山本周五郎の時代小説。

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江戸時代、西洋医学を修めたことをひけらかす青年・保本登(加山雄三)が、貧しい人の為に利益を顧みず治療を続ける赤ひげこと新出去定(三船敏郎)の小石川養生所に見習いとして雇われる。出世のみを考え、当初は酒を飲むなど嫌われることをし続けて追い払われることを望むが、貧しき人々の歪んだ精神までも洞察し治療していく老医師の姿に感銘して人間的に生き貧者の為に働く決心をする。

「七人の侍」に次いで好きな黒澤作品である。詰めれば欠点はある。
 まず、原作の短編連作的な性格ゆえに、実質的な主人公である保本が見聞する病人たちの挿話の数々、特に大工・佐七(山崎努)が幸薄い妻(桑野みゆき)について話す憐れな物語は独立性が強すぎて流れが悪くバランスを崩している感がある(ここだけが保本が実際に体験しない伝聞故に長さ以上に異質感を覚えるのかもしれない)。バランスを崩すほど長いが為に【幸福そのものが信じられなくなるほどの不幸】という凄味のあるサブテーマが明確に浮かび上がっているのではあるが。

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さらに、いつも通りとは言え、台詞やエピソードも説教臭が強くて、気分が乗っていない時に観たら鼻白むであろう。それでも、【貧困と無知が諸悪の根源である】とする赤ひげの信条を頂点とした、本作の徹底したヒューマニズムはかかる弱点を問題にしないほど絶対的な感銘性を有していると言いたい。

特に、置屋に売られた弱冠十二歳の少女・おとよ(二木てるみ)が赤ひげに引き取られ、保本の献身に触れて人間性を取り戻していく様子には涙を禁じえない。ここは演出も凝っていて周囲を暗くした上でスポットライトを少女の目に当てて野獣的な印象を強調しているからこそ、その人間的な表情を取り戻す瞬間に我々も冷静さを失ってしまう。しかも、少女のこの変化が青年医師の人間的成長とダブって誠に感慨深く、僕の心を掴んで離さない。おとよのエピソードがあればこそ、この作品に服したい気持ちが強くなるのである。

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青年が養生所の各部屋に案内される序盤も大変上手い。登場人物を紹介しつつ見取り図的な環境説明を成し、誠に順調な導入部である。こういう巧さを見ると映画に信用を置くことが出来、作品に正対したい気持ちになる。映画は導入部で全てが決まると言える所以である。

配役陣も素晴らしい。三船の堂々たる演技、加山の若々しさは言うまでもないが、ポイント的に使われる女優陣が圧巻。色情狂の女に扮する香川京子、父の死後三人の子供を引き連れ養生所に現れる蒔絵師の娘に扮する根岸明美、そして当時子役だった二木てるみは見事と言うに尽きる。彼女たちからあれだけの演技を導き出した黒澤明の執念に脱帽するのみ。

医者も患者もかく謙虚であれかし。最近の日本人を見るとそう思う。

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この記事へのコメント

2008年11月10日 16:15
誰も好んで取り上げない「デルス・ウザーラ」で
黒澤さん作品はお茶を濁しております私ざます。
私などが今更書かなくても黒澤さんはもう
ブランドになってますし~(--)^^
「陽のあたらない作品(坂道・笑)」の中に
キラリと光るものを観たい性分でして。

>「七人の侍」に次いで好きな黒澤作品である。

同感!!!

プロフェッサーは二木てるみね。^^
私は、藤原釜足のあのシーンが
忘れられない。
最初、ヘタッピーやなぁ~と思った
上原謙の息子さん(笑)も黒さんに
ガッツリしごかれたんでしょうか
臨終釜足と交互に描写され
いたたまれなくなってくるあの悲愴な
高揚感をうまく演じていたと思います。

>医者も患者もかく謙虚であれかし。

したたかな顔をして、現代は
医者も患者も殺伐としています。
オカピー
2008年11月11日 01:34
viva jijiさん、こんばんは。

「よっ、待ってました」てな感じですよ。
黒澤御大の中でも代表作たる本作にコメントなしでは、御大に申し訳なさすぎる。腹かっさばいて・・・(笑)。
とにかくコメント多謝でございます。

>「デルス・ウザーラ」
は来月です。久しぶりに観るので楽しみだな。

>私などが今更書かなくても
「生きる」なんて黒澤ファンは誰も文句付けないから、僕は今回弱点を挙げてみました。僕は一応ファンと言っても良いと思いますが、悪いところは悪いと言わなくては。

>上原謙の息子さん
あの拙さがヘタウマになるんですよ、特にこの作品では。人間的に未熟な役が彼の演技の未熟と重なって丁度具合が良いわさ。^^
冗談はさておいて、実際撮影中に進歩したような感じですね。
2年後の成瀬巳喜男の遺作「乱れ雲」での好演も本作があればこそでしょう。

>藤原釜足
江戸時代のインターンが遭遇する患者のエピソードは彼のインターン人生の起承転結を成しているのでしょう。あの場面は【承】ですね。二木てるみが【結】です。
こん
2008年11月23日 23:45
保本がぐれる原因に思い当たれば
佐八とおなかのエピソードに重心がかけられた理由も
佐八の死の翌日から保本がお仕着せを着る理由も
わかると思います。
佐八はおなかをうらまなかったどころか
自分を責めた。
保本は自分のことしか考えていなかった自分の未熟さを
痛いほど思い知ることになる。
この体験が保本にまさえの裏切りへのこだわりを捨てさせる
きっかけなのですから、バランスが悪いというわけではないかと。
オカピー
2008年11月24日 01:46
こんさん、初めまして。
コメント有難うございます。

>バランスが悪い
そもそもこの作品は原作が短編連作的なところがあるのでどうしてもエピソードの独立性が高くなるのを承知して申しているのですが、彼の成長と結びつく他のエピソードのほうが僕にはしっくり来たというだけのこと。

さらに、こんさんの仰ることを予めほぼ理解した上で申しているので、理解できずに申しているのであればともかく、個人の審美眼に帰す問題と思われます。もう少し省略と余韻で「彼がきっかけを掴む瞬間」を見せる方法もあったのではないかと考えるわけです。

最近のペースで言えば2000本に1本くらいしか付けない10点を付けているので、お許し戴くということで。^^

ところで、こんさんは「生きる」はご覧になっていますか?
僕はあの終盤の通夜の場面が審美眼的にも論理的にも長すぎると思うわけですが、如何?
オカピー
2008年11月24日 18:07
こんさんへの続き。

一晩経ってちょっと考えるところがあったので追記。

審美眼的だけでなく、論理的にもあの場面の独立性の高さが気になるところがありました。
つまり、保本をめぐる他の挿話が全て彼が実際に観る経験として描かれているのに対し、あのエピソードだけが患者の回想、即ち安本にとっては伝聞になっている。本来影響力の小さいはずの伝聞のほうが長く描かれるのは映画構成上どうなのか多少疑問になる、ということです。これが全体が回想で語られるのであればまた別ですが。
その一方で、前後と差異を付けようと配置したと考えられるので、僕にしてもむげに無用などと言う気は毛頭ありません。あくまでバランスの問題です。

因みに、本文にもこれに関し追記致しました。

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  • 独断的映画感想文:赤ひげ

    Excerpt: 日記:2008年11月某日 映画「赤ひげ」を見る. 1965年.監督:黒澤明. 出演:三船敏郎(新出去定),加山雄三(保本登),山崎努(佐八(車大工)),団令子(お杉(女中)),桑野みゆき(佐八の女房.. Weblog: なんか飲みたい racked: 2008-11-16 19:28
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