映画評「どですかでん」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1970年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

黒澤明第24作は初めてのカラー作品。御大お気に入りの作家・山本周五郎の小説「季節のない街」の映画化だが、学生時代にオールナイトで観た時は相当変な作品という印象ながらかなり楽しめた記憶がある。全体の印象はその時と余り変わらない。以前ゴーリキーを映画化した「どん底」の現代版的な趣であると指摘したことがあるが、驚いたことに原作者が戯曲「どん底」を意識して書いた小説だそうである。

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学生時代はかなり夢中で観ていていつ頃のお話か掴めなかったのだが、見直してみると車などの様子から製作当時と考えて良いようだ。ただ時代と場所を超越した設定であることは十分伺えるので、解らないのが正しいのかもしれない。

社会の底辺に蠢く人々がゴミ山の中に集まって形成された町(都会の郊外である)。
 電車好きが高じておかしくなったのか空想の中で電車を操縦する少年・頭師佳孝とその母・菅井きん。少年は純粋な芸術家のようだ。
 廃車に寝泊まりしている乞食・三谷昇は幼い息子(川瀬裕之)と将来住む丘の家を思い描いて日々を過ごす。これが本当の空中楼閣だが、少年は病気で死んでしまう。知識の豊富なこの乞食は弱い人間で現実を見る勇気がなく、息子の墓穴からプールを連想するずれ具合。憐れなのは少年である。

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仲の良い人夫(井川比佐志、田中邦衛)はいつの間にか住む家と妻(沖山秀子、吉村実子)を交換している出鱈目な酔っ払い同士。田中夫婦は家からタオルまで赤、井川夫婦は黄色に統一され、カラーを意識した美術・衣装が大変面白い。

妻・奈良岡朋子の裏切りに怒ったか絶望したか全く口を利かない中年男・芥川比呂志、妻はトタン小屋に夫を発見してやって来るが夫は終始無言。まるで地獄である。おし黙る役も楽ではないだろうと芥川氏に同情申し上げる。

酔いどれ元教師・松村達雄は妻の入院中に酷使している姪(養女でもある)山崎知子を孕ませ、とぼけを決め込むが、彼女が親切な店員を刺したことから露見することになる。「忘れられるのが怖いから刺した」と言っているので恐らくは無理心中に近い発想なのだろうが、少女の心は複雑でござる。伯父は自業自得、悪いことはできない。

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顔面の病を持つ老会社員・伴淳三郎の妻・丹下キヨ子は夫を夫とも思わない悪女。しかし、彼女は糟糠の妻として苦労したのだという。彼女を庇う伴淳から愛情が滲み出、ちょっとしんみりさせる。名場面の一つだ。
 5人もいる子供が全て他の男の子ではないかと疑われ恐らくそのとおりであろう三波伸介の子供に示す超俗的な態度も素晴らしい。
 泥棒に金を渡したり、自殺したい老人・藤原釜足に胃薬を与えて自殺を思い留まらせる老人・渡辺篤は、原作者を投影した観がある。

訳ありの過去を持つ者、現状に苦しむ者、一見楽観的に現状を過ごす者・・・種々雑多の人物が入り混じる。出て来るのは貧しい人々ばかりだが、全編を通して漂うのは普遍的な人間性であって、貧富を問わず世界の縮図を成しているかのよう。人生の悲哀や描写の苦味の中に人間のエネルギーを感じさせる、力強い作品と言うべし。「どん底」より後味が良い。

ベスト・キャスティング賞を進呈したい。

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この記事へのコメント

2008年11月23日 00:13
オカピーさん、こんばんは。
う~む、いい批評文ですね。
ほんとに的を得ているように思い(わたしの感じた感想とほぼ同様なんですよ)・・・。
>三波伸介の子供に示す超俗的な態度
この作品の黒澤のヒューマニズムが最も良く表現されている部分だと思います。
>人生の悲哀や描写の苦味の中に人間のエネルギーを感じさせる、力強い作品
ここが、最も強く感じました。特にわたしは、三谷昇のクローズ・アップに後ずさりするほどのパワーを感じた覚えがあるほどです。
黒澤の魅力は、どの作品においても観るものが後ろに仰け反ってしまうようなエネルギーがフィルムに焼き付けられていることだと思っているんですけれど、オカピーさんはそのあたり、どう思います?

ところで、わたしは、この作品より「どん底」を買っているんです
そこが、わたしとオカピーさんの異なるところかもしれないな。「どん底」のラスト・シーンに黒澤の若いエネルギーがほとばしっていたように感じるからなんです。
では、また。
オカピー
2008年11月23日 02:04
トムさん、こんばんは。

>う~む、いい批評文ですね。
いや、上手く書くのは実に難しいです。
この作品を評したブログも少ないでしょうから、多少参考になれば良いかなと思います。^^

>黒澤のヒューマニズムが最も良く表現されている部分
そうですね。
原作はもっとシニカルだと思います。シニカルさの中に浮かぶ上がるヒューマニズムだと想像しています。

>三谷昇
僕が彼のエピソードで、墓穴がプールに見えてしまう場面の黒澤監督の処理にびっくりしましたね。
この場面に似た演出を見た記憶ありますが、その人は完全に影響を受けています。間違いない(笑)。

>エネルギーがフィルムに焼き付けられている
その通りですね。
しかし、僕は若い時はそれを抑えることが出来ずに力みになった部分を感じ、それが「どん底」より本作の後味を買う理由なんです。
「どん底」も本作くらいに神的な視線で描いた方が寧ろそのエネルギーが完全燃焼したのではないかと思うわけです。
好みのレベルですけどね。
蟷螂の斧
2021年05月16日 04:23
おはようございます。

>廃車に寝泊まりしている乞食・三谷昇
>少年は病気で死んでしまう。

昭和58年に放映されたドラマ「みんな大好き!」にこれと似た場面がありました。
山本周五郎の小説「季節のない街」にもその話があるのでしょうか?亡くなった息子は彼の犠牲者です。気の毒としか言いようがありません。働かざる者 食うべからず。

>マスク的には忍ちゃんのほうが好みかな。

僕も同じです。忍さんはまだ独身なんですね。もったいない。

>逆に上級でもできてしまうことも。

優秀です!

>知事は逆転の中止するという見出し

どうなる事やら・・・。
オカピー
2021年05月17日 16:18
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>昭和58年に放映されたドラマ「みんな大好き!」にこれと似た場面

題名も知らないです。
三浦友和と坂口良子主演・・・
良子ちゃん、早死にだったなあ。割合好きでした。特に市川崑ちゃんの「金田一耕助」シリーズに出る彼女が。

>山本周五郎の小説「季節のない街」にもその話があるのでしょうか?

大体映画通りだったと記憶しますが、正確には憶えていません。

>>逆に上級でもできてしまうことも。
>優秀です!

結構相性があるんですよね。

>>知事は逆転の中止をするという見出し
>どうなる事やら・・・。

どうなることやら(笑)
 選手が来ると感染が広がるという心配をされる人がいますが、それはないです。科学的な根拠がありません。一般の交通機関の利用は禁じるはずですから。もしそんなことになったら日本の当局は恥ずかしいですよ。

いずれにしても、この状態でやったとしても今一つ盛り上がらないでしょうねえTT
三ヶ月の延長はありませんかねえ。
蟷螂の斧
2021年05月20日 20:49
こんばんは。

>「金田一耕助」シリーズに出る彼女が。

頭を掻く金田一耕助。後ずさりする坂口良子。「犬神家の一族」の一場面を思い出します。

>田中夫婦は家からタオルまで赤、井川夫婦は黄色に統一され

それまでは白黒映画ばかりだった黒澤監督の実験的な挑戦だと思いました。

>沖山秀子

「十九歳の地図」で良い演技をしていました。

>三ヶ月の延長はありませんかねえ。

なさそうです。

>リコール不正(署名偽造)。事務局長逮捕。

まだまだ騒ぎが続きそうです。愛知県。
オカピー
2021年05月21日 21:28
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>それまでは白黒映画ばかりだった黒澤監督の実験的な挑戦だと思いました。

「リア王」の翻案である「乱」で、三人の息子の衣装の色の違いも鮮やかでしたねえ。その色に合わせたそれぞれの旗の為に、合戦の時に非常に解りやすく見られました。

>なさそうです。

前回の時に選手の来日で感染が増えることはないと言いましたが、選手ほどの覚悟がないと思われるジャーナリストについてはその限りではないですね。取り決めを破る輩が少なからず出そうです。

>まだまだ騒ぎが続きそうです。愛知県。

市長は、問題となった作品の目的について勘違いしているなあ。知事が市長について“首謀者”と言い、市長がそれに反論したようですね。知事の発言が100%正しいとも思いませんが、そもそもあの展覧会には何の問題もなかったというのが僕の見解。どちらが元自民党・元民主党なのか解らない。それが面白いデスね。
蟷螂の斧
2021年05月22日 10:53
こんにちは。「さらば愛しき大地」を見ました。凄い映画ですが、一度見ればもういいかな・・・と思いました。

>どちらが元自民党・元民主党なのか解らない

お互いに揚げ足取り合ってるだけとか?

>ジャーナリストについてはその限りではないで

所詮評論家。
オカピー
2021年05月22日 21:24
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「さらば愛しき大地」を見ました。凄い映画ですが、一度見ればもういいかな

柳町光男監督作。「十九歳の地図」と混同して、こちらも中上健次の映画化と思い込んでしましたが、オリジナル脚本のようですね。
何とも観たくなるようなそういう映画ではないですね。田園の緑が脳裡が残っています。

>所詮評論家。

評論家なら良いですが、半ば観光客気分で来そうです。彼らのことを頭に入れるのを忘れていました。オカピー一生の不覚(笑)。

最近ワクチンに関して頭に来ていることがあります。
 現在68歳の隣人をタクシー代わりに週に数回車に乗せているのですが、三密になるので“ワクチンを打つ気はあるのかい?”と聞いたら、”今は(ない)”と抜かしました。今はないというのは永遠にしないということです。
 善良なる僕も頭にきて“もう乗せてやるもんか”と思いましたが、さすがにかわいそうなので、後ろの席に移して、窓を二か所開けることで対応することにしました。
 僕は病気持ちで、感染すると通常の人より危ないので早々に接種して欲しいのですが、どうもやる気がないらしい。やれやれ。
蟷螂の斧
2021年05月23日 22:40
こんばんは。

>彼女を庇う伴淳から愛情が滲み出、ちょっとしんみりさせる。

老夫婦は、ああいう方がいいと言う黒澤監督の考えでしょうか?

>老人・渡辺篤は、原作者を投影した観がある。

自分の人生も残り少ない。せめて他人に優しくしよう・・・とか?

>田園の緑が脳裡が残っています。

柳町光男監督自身が茨城県出身。いろいろな思い入れがあるのでしょう。

>さすがにかわいそうなので、後ろの席に移して、窓を二か所開ける

そこがオカピー教授の優しさです。

>感染すると通常の人より危ない

どうかお気をつけて下さい。
オカピー
2021年05月24日 21:51
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>老夫婦は、ああいう方がいいと言う黒澤監督の考えでしょうか?

夫婦の相性は外見からは解らない、という黒澤氏の人間観、夫婦観があるような気がします。

>自分の人生も残り少ない。せめて他人に優しくしよう・・・とか?

当時「季節のない町」を書いた頃、山本周五郎は60歳くらい。元来人情派ですしね。

>どうかお気をつけて下さい。

暫くは気を抜けません。

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    Excerpt: 第223回『どですかでん』  今回紹介する作品は山本周五郎の原作『季節のない街』を黒澤明監督が自身初のカラー映画として製作した作品『どですかでん』です。 黒澤監督は『赤ひげ』以降、ハリウッドで『暴走機.. Weblog: オン・ザ・ブリッジ racked: 2008-12-26 23:37