映画評「ボルサリーノ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1969年フランス=イタリア映画 監督ジャック・ドレー
ネタバレあり

アラン・ドロンが自ら製作し、彼の御贔屓ジャック・ドレーを監督に起用したフィルム・ノワール。70年代初頭に観て以来の再鑑賞だから大変懐かしい。

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1930年マルセイユ、強盗犯アラン・ドロンが情婦カトリーヌ・ルーヴェルを取り戻そうとジャン=ポール・ベルモンドと派手な喧嘩をしたのがきっかけで親友になる。
 二人は強い競走馬を奪って依頼主の実業家を競馬で儲けさせ、その実業家の弁護士ミシェル・ブーケの頼みで魚市場の縄張り争いに大活躍し、街を二分する大親分の間に分け入るチャンスを伺う。まず大親分の一人である精肉業者の倉庫を襲うが情報が筒抜けで逆襲されほうほうの体で逃げ出した後、ベルモンドと恋に落ちた為に情婦ニコール・カルファンを殺した業者を射殺。複雑な出入りの後二人はもう一人の大親分を仕留めてマルセイユに君臨するが、後の悲劇を避ける為に街を出ていこうとしたベルモンドが何者かに射殺されてしまう。

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パトリス・ルコントの「ハーフ・ア・チャンス」を観た時必然的に本作を思い出し、ドロンとベルモンドへの敬意は勿論、60年代後半から70年代にかけてのフランス犯罪映画へのオマージュを感じ取ってご機嫌になったものだが、ご本家のこちらを見るのはもっと楽しい。

大昔に観た時は気づくべくもなかったが、今なら当時のドロン主演映画そしてフランス映画の中では異色と言える作品であるということがよく解る。
 というのも、ハリウッドでニュー・シネマが台頭し世界的にリアリズムがもてはやされスターシステムが崩壊した最中の1969年に作られながら、当時フランス映画界を二分する人気だったと言って良い二人のスター性を全面的にフィーチャーした、実にクラシックなスタイルで作られているからで、序盤のコメディ・タッチでの騒動などまるで「リオ・ブラボー」におけるジョン・ウェインとディーン・マーティンの掛け合いを見るようではないか。そこで繰り広げられる大げさな演技は現在見ると照れくさくなりそうだが、同時に僕のようにある年齢以降監督で作品を選んで来た映画ファンにもやはり「映画はスターのものである」という原点に戻った気持ちにさせてくれるのだ。

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当時流行った帽子【ボルサリーノ】に代表される30年代風俗も魅力満点と言って良く、それらに彩られて賑やかに語られるチンピラの出世物語はアメリカ犯罪映画の傑作「暗黒街の顔役」と一部ダブり、友情と恋愛が絡む様に若きジャン・ギャバンの作品群を思い起こす。

ホンキートンク・ピアノをフィーチャーしたクロード・ボランの手による主題曲は昔からお気に入り。僕の世代の映画ファンでこの曲に記憶のない人はもぐりです(笑)。

製作者ドロン ジャン=ポールに 花持たせ

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この記事へのコメント

2008年08月31日 12:57
オカピーさん、こんにちは。
>ニュー・シネマが台頭し世界的にリアリズムがもてはやされスターシステムが崩壊
>二人のスター性を全面的にフィーチャー
>実にクラシックなスタイル
>若きジャン・ギャバンの作品群を思い起こす
この作品、この文言だけで十分な気がしますよ。
ドロンがプロデュースした作品ですから、デュヴィヴィエ&ギャバン、お師匠さんたちの意思を引き継いだように思います。しかも来賓(ドロンのプロダクションですから)にベルモンドですから、ヌーヴェル・ヴァーグ対抗作品ですよね。
何年か後に「フリック・ストーリー」でトランティニャンも共演しますけど、ライバルたちを常にクラシックに巻き込んでいます。
ドロンの「VSヌーヴェル・ヴァーグの反骨」に拍手だと思います。2年前にデュヴィヴィエの遺作、この前作にギャバンと共演、ドロンがこの企画に至ったことを思うと感慨深いです。
ギャバン、ゴダール、それぞれは、どんな思いでこの作品観ていたんだろう?
では、また。
オカピー
2008年09月01日 01:09
トムさん、こんばんは。

>ヌーヴェル・ヴァーグ対抗作品
トムさんほど深く研究していませんので、敢えて本文中ではヌーヴェル・ヴァーグという文言は使わず、ニューシネマやリアリズムといったより汎用的な言い回しをしましたが、より正確性を期すなら、そういうところに行き着くのでしょうね。

>ギャバン
序盤思い浮かべるのは寧ろ「リオ・ブラボー」「エルドラド」のジョン・ウェイン(とそのライバル)ですが、愁嘆場では断然ギャバンですね。具体的には勿論「望郷」です(笑)。「我等の仲間」も入っているなあ(こちらは随分観ていません)。
ギャバンは恐らく自分の出演したそうした30年代の傑作群に思いを馳せたことでしょう。この作品をもって後継者と思ったかしら?

ゴダール?
見当もつきません(爆)。
トム(Tom5k)
2008年09月01日 02:10
オカピーさん、遅くに再度お邪魔します。
>敢えて本文中ではヌーヴェル・ヴァーグという文言は使わず・・・
なあるほど、確かに、このころはヌーヴェル・ヴァーグも落ち着いて、その波がニューシネマやリアリズムへの変遷となっていましたからねえ。
いずれにしても、ドロンの反骨の絶頂期だったとは思っています。

ギャバンはうれしかったでしょうね。フランスの代表スターふたりが、デュヴィヴィエ風作品で共演したんですもの。同時に自らも老体に鞭打ってと、奮起していたに違いありません。
>ゴダール?見当もつきません
あははは、きっと観てないと思います。
2008年09月01日 02:12
>続き
それにしても、いつも思うんですが、オカピーさんの作品評は、映画鑑賞のみからだということですが、本当によく的を付いていますよね。
わたしは、あちこち情報を拾って、以前に読んだ本を読み返して、何度も見直して、やっとたどり着いたこと(だから、その流れまで書いてるんで長文になっちゃうんですけど)を、オカピーさんが他の何百本もの鑑賞のうちの1本を、その2時間見ただけで、客観的な的を得たポイントをすいすい書かれていますよね。映画鑑賞歴的には、いつごろからなんでしょうか?
わたしは長らく、ドロン・ファン≧(≦なのかな)映画ファンのつもりでいましたが、映画のテーマを主ににずっとこだわってきたんです、が用心棒さんにやオカピーさんに触発されて、随分と映画ファンとしてのすそのが広がったように思います。
映画を他の文化と違うものとし、では映画特有の文化とは何か、と、やはりここに行き着くんでしょうね。
2もアップされてますね。また、あとから覗きます。
では、また。
オカピー
2008年09月01日 20:23
トムさん、こんばんは!

>あははは、きっと観てないと思います。
実は僕も最初そう書いたんですよ。絶対観ていませんね。当時彼は商業映画否定の最中だったはずですから。

>映画鑑賞歴
丁度この映画が日本で公開された1970年頃ではないでしょうか。
小学校高学年でした。ですから、もうすぐ40年です。

現在は文字通り「映画観賞のみ」ですが、雑誌「スクリーン」に半世紀に渡って連載された双葉十三郎氏の「ぼくの採点表」が専ら僕の教科書でした。
(続きます)
オカピー
2008年09月01日 20:25
(続き)

僕の読み方は、まず氏の採点だけを見て高いものを選んで観に行く。そしてどうしてその採点になったのか本文を読みながらひたすら考えました。
逆に余り高くないものは実際に作品を観た時に星を観て同時に文章も読む。そしてやはりどうしてその星になったのか考える。
そうして試行錯誤するうちに、どういうものが良くてどういうものが悪いのか理解できてきたわけです。現在、娯楽映画であれば氏がどういう採点をするのかほぼ解りますね。芸術志向の作品は必ずしもそう行かないところがありますが、妙に気取った作品は余り好きではないというのは共通するでしょう。

といった次第で、弊ブログはそのエッセンス(精神)を多分に引き継いでいるつもりなのです。
従って、ここに訪れる方、特に若い映画ファンは、鑑賞予定のある作品については僕がやってきた方法を取って戴けると嬉しいですね。

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