映画評「ボルベール<帰郷>」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年スペイン映画 監督ペドロ・アルモドバル
ネタバレあり

暫くは良くも悪しくもフェティシズムの範疇の面白さに留まっていたペドロ・アルモドバルがその枠を突き破った秀作が「オール・アバウト・マイ・マザー」だった。同作に出演したペネロペ・クルスを主演に起用した本作は内容は初期の感覚を思い出させるが出来栄えはもっと充実している。

画像

15歳の娘ヨアンナ・コボと夫と暮らすぺネロぺが姉ロラ・ドゥエニャスと共に数年前に火事で死んだ両親の墓参りに出かけ、その事件以来頭が混濁した伯母を見舞いに寄る。
 このプロローグに殆ど全ての布石が敷かれている。重要なシークェンスである。

ある日娘が父親を刺殺する。血の繋がらない父親が娘を襲おうとしたのだ。その時に伯母の死亡通知も入ってドタバタするが、翌日冷静に鍵を預る閉店したばかりのレストランの大型冷凍庫に死体を隠す。そこへ映画撮影クルーが通りかかり、成り行きで食事を提供することになる。
 一方、単独で葬式に参列することになったロラは死んだはずの母親カルメン・マウラを帰宅の車の中に発見、映画は新たな局面に入っていく。

画像

サスペンスの一ジャンルたる【死体のある喜劇】のヴァリエーション的作品で、序章から最後まで死を通奏低音にしている。冷蔵庫に死体のある傍で食事とは考えただけでもぞっとするが、アルモドバルはヒッチコック御大の「ハリーの災難」よろしくまるで日常行為のように死を扱うのが大変ブラックで面白い。
 しかも死んだはずの母親が登場するので「すは、幽霊映画?」と思っているうちに実は伯母の家にずっと生きていたことが判明する、というとぼけた展開が上手く、プロローグでの布石が効いてくる。この母親は死体でこそないが、不仲になっていた娘と会うのに憚って隠れる騒動が【死体のある喜劇】じみているのが興味深い。

伯母の面倒を見ていた女性ブランカ・ポルティージョの配置も抜群で、末期癌に苦しむ彼女が動くに連れ、彼女の母親の失踪とぺネロぺの両親の焼死(既にご案内のように母親は死んでいない)との関連が明らかになってくるミステリー的処理が鮮やかである。

画像

そしてぺネロぺ母娘の円環する運命の残酷。アルモドバルはそうした悲劇性の中に女性の力強さを描いている。悲劇を喜劇的に見せることに努力している。
 その【死体のある喜劇】的な作りの中で僕が注目したもう一点は、時に見せる演劇的側面である。特にカルメンとぺネロぺの母娘がベンチで和解する場面はセットの中でまるで舞台を撮影するかのように撮っている。

その意図するところは正確には解らないが、その舞台的な場面を見るうちに僕は、この作品がスペインの代表的劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカの遺作「ベルナルダ・アルバの家」のアンチテーゼのように思えてきた。モチーフ自体はヒロインが歌うタンゴの名曲「帰郷」のようだが。
 同様に女性ばかりで繰り広げられるあの名作が因循古俗のアンダルシア(ロルカの故郷)を舞台に母の圧政が娘を破滅させる悲劇であるのに対し、本作は怪事件を通して母娘の和解に至る悲喜劇で、全女性への賛歌である。同じように因循な地方である故郷の扱いも、アルモドバルからは故郷ラ・マンチャに対する強い愛情を感じないではいられない。

配役陣も好調で、ぺネロぺ・クルスが魅力的なだけでなく大好演。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2008年07月20日 17:56
TBありがとう。
女性賛歌ですね。出てくる男たちは、なんか駄目な男ばかりだし・・・。
こういう作品を、ゲイの監督が撮るというところに、複雑さを感じさせます。
ペネロペは、全盛期のソフィア・ローレンを彷彿とさせます。
オカピー
2008年07月21日 01:57
kimion20002000さん、こんばんは。

ふーむ、男性的なゲイか、女性的なゲイか、によっても作り方は変わってくるんでしょうねえ。
アドモドバルはどちらなんでしょう。

>ぺネロぺ
今回はちょっと昔風のくっきりメイクでしたかねえ。
少年時代僕はソフィア・ローレンの良さがピンと来なかったですが、最近大分解ってきました(笑)。
シュエット
2008年07月22日 23:53
話の展開などもテンポよく、下町人情ドラマのような面白さもあり、楽しめたんですけど、体調もあったのかな?ラテンのぎらぎらの逞しき女達のパワフルにちょっと疲れてしまった。同じ時期に公開で本作と同じ「ボルベール」の曲を使ったフィンランドのアキ・カウリスマキの「街のあかり」みてほっとした(笑)ラテンのぎらぎらの太陽より、私にはフィンランドのネクラの方がしっくりくるわと思った(笑)
今みたらまた感想変わるかもしれないけれど…。ちょっと作品のトーンと私のトーンが重ならなかった。
劇場で観たとき、アルモドバルも故郷を思う年齢になったのかと。ただ、こんな風にストレートに出されると、マザコンか?ってちょっと戸惑ってしまったり(笑)
勝手に「街のあかり」もTBしました。
オカピー
2008年07月23日 02:03
シュエットさん、こんばんは!

>体調もあったのかな?
あった、あった(笑)。
僕は逆に初期のアドモドバルは全然肌に合わなかった。笑えもしないし。
その印象がぐっと変わったのが「オール・アバウト・・・」です。
僕もラテン気質は決して好きではないですが、本作は意外と粘着質ではない感じがして、思った以上に気に入りました。
やはり構成の巧さかなあ。

>アルモドバルも故郷を思う年齢になったのか
なった、なった(笑)。
つまり、死を意識するようになったんですよ。
40を過ぎると人間、死を意識するそうですよ。
そう言えば、かく言う僕も、そこら中に鈍痛が走るので、最悪の病気を想起してしまいますよ。
人生の残りも順調に行って三分の一くらいしか残っていないんだものなあ。寂し。

>街のあかり
堺正章かあ。
なんて冗談はともかく、多分明日観ます。
映画評をUPした時またお願いしますね。
2008年07月23日 06:58
“きっとviva jijiさんなら、気に入るよ!”
(←男性)で観たけれどぜんぜんダメで(--)
シュエットさんの気持わかるわ~

斜に構えて皮肉屋でシニカルな笑いで
人生、男と女なんか、こんなもんさ~~
極彩色ぶっとばし路線は単に
彼の過渡期だったの?~

「オール・アバウト~」も
凄いっと思ったのは冒頭から中間部まで。

たしかにプロフェッサーのご指摘とおり
アルモドバル、構成のセンスは抜群よね。
ただ、見せ方以前に題材へ付与した作り手の
一派一絡げ的な解釈描き方がどうも気に入らない。

地が子供顔のクルス。
ものすごい濃いメイクをさせて大人顔に見せてる。
大人顔のソフィア・ローレンとは
全く土俵がちがいますわ。

男から見た、いや、男が憧れる理想の
母親像、女性像映画・・なのよ。

>街のあかり
北海道でえばりくさってる日高吾郎という
自称“芸人”^^というエセ歌手の
“街のあかり”は、逃げ出したくなるほど
すこぶる、ワヤです。
絶対、マチャアキ版が味わいありま~す♪^^

ちなみにペネロペは口パクですと。
オカピー
2008年07月23日 22:56
viva jijiさん、こんばんは!

小説も映画も扱えるお話の数などたかが知れているわけで、
そこで作家たちが考えるのが描くアングルであり、
それを効果的に描き上げる構成であると考えると、
本作のアドモドバルのアングルと構成はスーパーではないか、
と思いますよ。

>男が憧れる理想の母親像・・・
仰る通りだと思いますが、
それをテーマとしているのであれば、
作者はそれに邁進すれば良いはずですよん。^^

>ソフィア・ローレン
わての意見ではないので・・・
タイプとして違うことだけは分りますです。

>日高吾郎
知らないなあ。ローカルな有名人は各地にいるようですね。

>口パク
そうらしいですね。声の質が明らかに違っていましたし。
でも採用されないだけで実際に歌っていたような気がするなあ。
最近はリアリズムにこだわる作家が増えて同時録音が多くなっていますが、映画は基本的にアフレコですからね。
シュエット
2008年07月24日 16:16
P様お好みでなかったらスルーでもいいんだけど、27日の深夜(実際は28日の午前2時55分)だかにWOWOWで放映される旧ソ連グルジア出身のゲラ・バブルアニの初監督作品「13/ザメッティ」P様のレビュー読みたいわ。私からのリクエスト! 
シュエット
2008年07月24日 16:20
あと、青山真治監督の「サッド・ヴァケイション」もリクエストしたい気持ちです。
あくまでも私の勝手な希望なので右から左へ~。
でもどっかで留まったらでいいです~ぅ。
オカピー
2008年07月25日 01:13
シュエットさん、こんばんは!

>お好み
好みのない人なんです。ばっちりです。^^)v
グルジアと言えば「ピロスマニ」もあれば、ええと、イオセリアーニという監督もいらっしゃいますね。
リクエストされて却ってラッキーです。メニー・サンクスです。

>青山真治
を見ないわけには行きませんよ。
と言っても大作「ユリイカ」とミステリー「レイクサイド マーダーケース」しか見ていないんですけどね。^^;
「ユリイカ」は超弩級でした。
シュエット
2008年07月25日 10:14
またまた。
青山真治の監督デビュー作「Helpless」
これを観た日には狂喜乱舞いたしました。
この感性。邦画の枠を超えてるわ。
「Helpless」未見なら是非是非です。
あまり邦画はみないわたしで、彼の名前と活動は知っていたけど、たまたま見た「サッド・ヴァケイション」で青山君に遅まきながら開眼でした。
オカピー
2008年07月26日 00:14
シュエットさん、こんばんは!

まがりにも洋画は各国からスクリーニングされて日本に来ているわけで、洋画を見るように全ての邦画を観るわけにはいかず、その時に選ぶ目が大事になる。
昔なら定評のある監督を見ればほぼ網羅できたのに、80年代以降デビューした作家の中で興味をそそられる監督は10人といません。これは困りましたねえ。

実は観ていない中にも隠れた才能もあるでしょうが、端緒がないので「残念ながら」というのが実際。

前置きが長くなりましたが、「Helpless」未見です。ニール・ヤングの同名曲なら知ってますが。^^;

この記事へのトラックバック

  • 「ボルベール〈帰郷〉」なんだこの爽快感は

    Excerpt: 監督 ペドロ・アルモドバル「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」と合わせて「女性讃歌3部作」というふれ込みですが、実はどちらも観ていません。少しあらすじ ライムンダ(ぺネロぺ・クルス.. Weblog: ももたろうサブライ racked: 2008-07-20 16:10
  • mini review 08276「ボルベール<帰郷>」★★★★★★★☆☆☆

    Excerpt: カンヌ映画祭で最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞し、各映画賞を席巻している珠玉のヒューマンドラマ。母として、娘としてのままならない人生をたくましく生きる女性たちの生き様を描き上げる。監督は『バッド・エデ.. Weblog: サーカスな日々 racked: 2008-07-20 17:50
  • 『ボルベール<帰郷>』

    Excerpt: ボルベール 帰郷 (原題:Volver) ----アルモドバルって女性ばかり撮っている気がするニャあ。 「うん。そのイメージが強いね。 今回も男たちは一様にその生きざまは薄汚く、 反面、女たちは強く.. Weblog: ラムの大通り racked: 2008-07-20 21:23
  • ★「ボルベール <帰郷>」

    Excerpt: 今週公開作・・・普通なら、「ダイハード4.0」か「シュレック3」を見るところなんだけど・・・ 「ダイハード~」は先週の先行で見ちゃったし・・・ なんたって、今作はペネちゃん(ペネロペ・クルス)主演.. Weblog: ★☆ひらりん的映画ブログ☆★ racked: 2008-07-20 22:13
  • ボルベール<帰郷>

    Excerpt: 太陽のように明るくたくましく、そしてしたたかで美しく・・・涙の向こう側にいつも笑顔 Weblog: シャーロットの涙 racked: 2008-07-20 22:23
  • ボルベール (映画館)

    Excerpt: ママ、話したいことが ヤマほどあるの。 Weblog: ひるめし。 racked: 2008-07-21 08:57
  • 『ボルベール〈帰郷〉』'06・西

    Excerpt: あらすじ失業中の夫の分まで働く、気丈で美しいライムンダ。だが彼女の留守中、夫が15歳になる娘パウラに関係を迫り抵抗した娘は、勢いあまって父親を殺してしまう・・・。感想カンヌ国際映画祭では、素晴らしい谷.. Weblog: 虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ racked: 2008-07-21 09:50
  • 映画 【ボルベール 〈帰郷〉】

    Excerpt: 映画館にて「ボルベール 〈帰郷〉」 カンヌ映画祭で最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞、アルモドバル監督の女性賛歌三部作。 おはなし:10代のころ母親を火事で失ったライムンダ(ペネロペ・クルス)は、失.. Weblog: ミチの雑記帳 racked: 2008-07-21 23:31
  • 「ボルベール<帰郷>」

    Excerpt: スペインの明るく強い太陽と、そんな太陽の陽射しに鍛えられたラテン気質の女の逞しさとおおらかなアバウトさには疲れた。 VOLVER 2006年/スペイン/120分 at:ナビオTOHO .. Weblog: 寄り道カフェ racked: 2008-07-22 23:34
  • 「街のあかり」~敗者3部作・完編

    Excerpt: アキ・カウリスマキ作品って私の「ツボ」にはまるテイストなんだ。 LAITAKAUPUNGIN VALOT LIGHTS IN THE DUSK 2006年/フィンランド・ドイツ・フランス/ 78.. Weblog: 寄り道カフェ racked: 2008-07-22 23:35
  • ボルベール<帰郷>

    Excerpt: 上映時間 120分 製作国 スペイン 監督 ペドロ・アルモドバル 脚本 ペドロ・アルモドバル 音楽 アルベルト・イグレシアス 出演 ペネロペ・クルス/カルメン・マウラ/ ロラ・ドゥエニャス/ブ.. Weblog: to Heart racked: 2008-07-25 21:39
  • ■ ボルベール<帰郷>/ VOLVER (2007)

    Excerpt: 【ボルベール<帰郷>】 7月20日(土)公開監督 : ペドロ・アルモドバル出演 : ペネロペ・クルス/カルメン・マウラ/ロラ・ドゥエニャス 他原作 :  (〃∇〃)「 ボルベール<帰郷>/ VOLVE.. Weblog: MoonDreamWorks racked: 2008-07-27 10:01
  • 映画『ボルベール<帰郷>』を観て

    Excerpt: 50.ボルベール<帰郷>■原題:Volver■製作年・国:2006年、スペイン■上映時間:120分■鑑賞日:7月14日、シネフロント(渋谷)■公式HP:ここをクリックして下さい□監督... Weblog: KINTYRE’SDIARY racked: 2010-10-08 22:26