映画評「醜聞<スキャンダル>」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1950年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

黒澤明通算第10作は松竹で撮ることになったが、配役の関係もあってそれほど松竹らしくはなっていない。

新進画家の三船敏郎が人気歌手と偶然旅館にいるところを写真に撮られ、それに俗悪なカストリ雑誌が適当な文章を付けた為にスキャンダルに発展するが、気骨のある画家は名誉棄損であると雑誌社を訴え、三流弁護士に過ぎない志村喬が原告側の弁護を受け持つことになる。

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序盤スキャンダルをテーマにしたメロドラマ風に進展させておいて、実は、腕もなければ倫理観すら怪しいこの中年弁護士が結核を病む娘の死を経て正義に目覚めるまでを描くところに黒澤明の巧妙な戦術がある。スター俳優二人で客を呼んで、脇役俳優を主人公にヒット作を生むという戦術である。また、スター俳優だから主演であろうという思い込みをうまく作劇に利用しているのである。最初から企図したのではないとしても、脚本を変更するに当たってそれができるのは黒澤監督の才能の並大抵でないことを物語る。

従って、allcinemaの投稿者A氏の言うようにそれは「脚本の不具合」でもなんでもなく、ましてB氏の言うように「出来の悪いテレビドラマ程度の安易な構成」などでは決してない。寧ろこの構成こそが本作一番の優れた点であり、そこに価値を見出さねば、この映画の何も観ていないのに等しい。

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翻って、主題は弁護士の目覚め――映画の中の言葉を借りれば、星が生まれる瞬間――を描くことであり、2年後の「生きる」と似たものだが、市井に住む一人として印象付けられるのは、そんな形式ばった主題より言葉の暴力という問題である。
 本作における小沢栄(後の栄太郎)扮する雑誌社社長のでっちあげ手法は問題外で、【表現の自由】云々以前だが、プライバシーと【表現の自由】をめぐる問題自体は60年前と何ら変わらないことがやはり気にかかる。結局、そこに山がある限り登山家は山に登るのであり、そこにセレブリティ(有名人)がいる限りタブロイド紙若しくはパパラッチは追いかけ回すのである。

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1950年当時欧米では既に新味のある題材ではなかったであろうが、日本映画としてここに踏み込んだ作品はそれ以前にはなかった可能性が高く、先見の明があったと言うべきだろう。
 が、僕はこの作品を手放しで絶賛しているわけではない。すり替えを利用した構成は巧みだが内容はかなり通俗的であり、洗練し切れているとは言えない。最後の<星の誕生>へと繋がっていく有名なクリスマスの場面(上の画像)も黒澤明の押しの一手なしには<不要>と一蹴されても仕方がない部分である。僕はその力技に黒澤明の高い作家性を見る。それが改めて確認できることが本作の最大の収穫と言いたいくらいである。

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この記事へのコメント

2008年07月08日 01:01
 こんばんは!
 なんだかふらふらと揺れ動いている感じがする映画ですが、登場人物たちの心の揺れを表現しているようにも思います。
 興行を考えると、三船主役&志村脇役が当たり前なんですけど、この映画では実際は志村メインですものね。興行にはスターは欠かせませんので、とりあえずはスターでお客を釣って、中身で勝負するという方針だったのでしょうか。
 収まりの悪さはありますが、テーマは十年以上先を行ってますし、観終えたときに嫌な感じはしない映画でした。ではまた!
オカピー
2008年07月08日 20:20
用心棒さん、こんばんは!

「書いているうちに弁護士が独り歩きし始めた」と黒澤監督も述懐しているように商売の為にこのアイデアを案出したということでなく、ただ「スター・システム下の映画の作り方を精通していたな」といった感じですね。
 2年後の「生きる」の下敷きになった作品とも思います。あの作品が細工なしに志村喬を主役にして完全な成功を収めたのも本作での経験と実績なしには考えられないでしょう。

 テーマとしても邦画としては先見の明があったと思いますし、何だかんだと言っても観入ってしまいますね。
2008年07月28日 11:44
<「生きる」の下敷きになった作品
なるほど、志村喬の演技が素晴らしくて、このキャラを主役にしてみると…「生きる」になるというのも納得です。
ちなみに私も「クリスマスの場面」のシーンは大好きです^^)。
オカピー
2008年07月28日 23:00
ぶーすかさん、こんばんは!

>「生きる」の下敷き
これにはちょっと自信がありますよ。^^;

>クリスマスの場面
凡監ならあの場面は無駄扱いにしたくなります。馬力で見せてしまう。天才の所以ですね。

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