映画評「静かなる決闘」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1949年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

酔いどれ天使」の成功で完全に一流監督の仲間入りをした黒澤明通算第8作、戦後第4作。この作品から2年後の「白痴」まで東宝で作品が撮れない時期が続く。本作は大映製作である。
 今回の印象は最後にまとめることにして、まず30年くらい前の大学時代に書いた映画評を書き出してみたい。本作の持つ一面を言い得ているようだし、映画評を書き始めて日が浅い時代のもの故に、比較するのもまた一興と思う。基本スタイルは現在と余り変わりがないようです(笑)。

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******採録始め******

“静かなる決闘”とは何ぞや――それは、トルストイ的な、自己の欲望と道徳・良心との葛藤のことである。「酔いどれ天使」に続いてこれまた医師を主人公にした黒澤明の感動作であり、完成度としては同作より落ちるものの、図らずも感動作と書いたように頗る感銘を受けた作品である。

主人公の三船敏郎演ずる外科医は戦時中野戦病院での治療の際、指の傷口から患者の梅毒に感染してしまい、その為に戦中から待たせている婚約者・三條美紀と結婚できない。彼女は彼が結婚に踏み切らない理由を執拗に尋ねるが、彼に答えられるはずもない。かく二人の関係は惰性的に続くが、彼女は老父を慮って遂に他の婚約を結び、彼の許から去っていく。

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というのが凡そのストーリーで、その中で見習い看護婦・千石規子に詰め寄られた彼が性的欲望と道徳心との狭間で悩む苦しい胸の内を告白するシークェンスがドラマ上のクライマックスかつ中心テーマである。ただし、本作の性的欲望は“愛情”と言い換えても良いもので、トルストイ的問題意識に似ながらももっと通俗的な観点をベースにしているが故に観客は主人公への同情から感銘を受けるのであり、自滅する代わりに困難に打ち勝つ姿にその感銘を強めていくのである。

何か弱点を抱える人間を見つめるというのも黒澤映画の一つのタイプであり、一連の作品群からは弱点に勝つにしても負けるにしても悩む姿にボクは美しさを感じる。苦悩は人間の生きている証左であり、人間が懸命に生きるのを見るのは気持ちが良いではないか。

しかるに、性格描写の幾分かの甘さ(偏り)のせいで主人公に多少胡散臭い印象が出てしまっているのが弱く、完璧とは言えない。が、感動してしまったのは事実である。

******採録終わり******

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と言う次第で当時はかなり感動したものだが、僕も年を重ねてひねくれた(笑)、いや冷静に見ることができるようになったので、素直に感動できない部分が相当にあるのだ。

この時代の黒澤映画の登場人物はとにかく悩みに悩み、それをいつも作者が思い切り力んで描くものだから、肌に合えば感情移入ができるが、一度違和感を感じるともういけない。胡散臭いというより鼻について来る。今回の僕はまさにそれだ。

もっと大きな問題もある。現在ならさしずめエイズに当たる梅毒について余りに正面から扱い、微に入り細を穿ちすぎて、梅毒予防PR映画みたいな印象を回避できないのである。 

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この記事へのコメント

Bianca
2008年06月28日 22:52
きょう、何十年かぶりに某映画を見たばかりなので、「年を重ねてひねくれた、イヤ」と言う所に共感できます。この映画は10年前にみて黒澤・三船作品の中では好きな方です。この映画の中で、主人公が、病院の片隅でコーヒーを立ち飲みするシーンがありますが、当時の雑誌「ライフ」にそっくりの写真があったので、驚きました。黒澤氏の博覧強記に・・・
オカピー
2008年06月29日 02:34
Biancaさん、お久しぶりです!

年齢だけでなく、何回も観ると冷静に観られるということもありますね。
だから、初回気に入ったのにがっかりするのが怖くて観直していない作品も多々あります。
そういうことありませんか?

>博覧強記
そういうBiancaさんの博識と記憶力にも驚かされます。
映画で時々泰西名画に似た構図などを発見するとドキッとしたり、嬉しくなったりすることがありますね。
2008年07月16日 11:26
こんにちは。
<主人公に多少胡散臭い印象
そこが、私も気になりました。はたしてあんな聖人のような人間がいるのか?あの父親の息子ならそうなのかも…とか、三船敏郎の演技で納得させられた感はありますが、ちょっとリアリティーに欠ける人物設定だったかな…と思いますねえ…。でも何度見ても面白いです。
オカピー
2008年07月17日 03:20
ぶーすかさん、こんばんは!

黒澤映画の登場人物の悩み方はちょっと偏りがあると言うのか、文学的な悩み過ぎると言うのか。癖がありますよね。
その良し悪しはさておいて、梅毒は背景に留めるべきだったと思うんですがねえ。
2013年05月02日 03:18
この映画での三船の梅毒の告白は、実は黒澤が戦時中に戦争に行かなかったことの懺悔だと思う。
『静かなる決闘』『野良犬』『醜聞』『羅生門』を貫くのは、彼の自己処罰意識です。
そう考えれば、この映画での異常な苦悩にも付き合ってあげられる気がしてくるでしょう。
オカピー
2013年05月02日 17:21
さすらい日乗さん、こんにちは。

初めて観た大学時代には主人公の苦悩に人間らしさを感じて感銘を覚えたほどですが、前回鑑賞時は黒澤の特徴でもある“くどさ”により、逆の印象を持ってしまいました。

>懺悔
なるほどそういう背景があったわけですね。
ただ、僕は映画はスクリーンが全てと思っていますので、作家が抱えている背景を多くの場合無視して感じたところを書いているわけです。
結果的に監督の目的や主旨と齟齬する感想もあるでしょうが、一介の映画ファンの戯言ですから、その辺は多少大目に観て貰うしかないと思っております。

ただ、黒澤明は日本の監督の中では好きな監督。
勉強になりました。

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