映画評「ジーザス・クライスト・スーパースター」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1973年アメリカ映画 監督ノーマン・ジュイスン
ネタバレあり

イエスの最後の一週間を描いたロック・オペラの映画版で、監督は「屋根の上のパイオリン弾き」でミュージカルの実績のあるノーマン・ジュイスン。劇場公開以来35年ぶりに観る。しかし、テープで保存してあるサントラをよく聞いたので、ナンバーは全てお馴染。

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既に民衆に崇拝され始めたイエス(テッド・ニーリー)が、周囲の狂信的な騒ぎに悩むユダ(カール・アンダースン)により大祭司カヤパに売られ、ローマの提督ピラトの判断を経て磔になる。

という物語自体は聖書に記されたものと根幹の部分で変わるところがないものの、キリスト以外の人物が現代の洋装なので、敬虔なキリスト教信者には「怪しからん」ということになるのかもしれないが、僕は大いに楽しんだ。何よりキリストの磔になるまでの経緯が解り易く描かれているのが大変有難い。ミュージカル以前にキリストの後半生入門編としてお勧めしたいくらい。

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古代遺跡がある砂漠にやってきたバスから出演者とスタッフが降り立って舞台を設営するところから始まり、演目が終わるとバスに乗って去っていくという形で進行するので、あくまで我々観客は役者が演ずる様を見ていることになる。キリストが現代に生まれていたらどうなのかという命題を匂わす前提として演劇を映画の中で見せるという発想となっているのであろう。配役に全ての人種を交えるというのも現代的視点を盛り込んだものと解釈できる。

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原作はティム・ライスで、作曲は「エビータ」「オペラ座の怪人」でこの後益々有名になっていくアンドリュー・ロイド=ウェバー。台詞はレシタティヴとして処理されていて、事実上全編ナンバーによって展開していると思って良いわけだが、エレキギターで始まる序曲に続くユダの独白「彼らの心は天国に」や民衆とカヤパの歌がクロスする「ホザンナ」はスリリングで聞かせる。イヴォンヌ・エリマン扮する<マグダラのマリア>の歌う「私はイエスがわからない」は断然名曲。
 ロック・オペラらしく、様々なフレーズがリプライズとして頻繁に使われているのが面白く、70年代初めらしくメロディアスなベースにもワクワクしたなぁ。

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この記事へのコメント

シュエット
2009年06月25日 20:17
途中腰砕けの「ハンティング・パーティ」は放っておいてこっちにいきましょう。先日、劇団四季のミュージカルで「ジーザス・クライスト・スーパースター/エルサレム・バージョン」を観にいって、本作を懐かしく思い出していたところに、BSで放映されていて嬉しくなってしまいました。今NHK・BSはミュージカル映画をずっと放映されているみたい。いやぁ、これは数十年ぶりの鑑賞で、すっかり70年代にタイムスリップしてしまったわ。この熱気むんむんがいいですね。この頃の映画人ってホントいい作品作ってるわ。楽曲も懐かしくって! 嬉しくなってきました。
ちょっとネット検索してたらP様のブログに出くわしたのも嬉しいし、8点なんてますます嬉しい! 
オカピー
2009年06月26日 01:11
シュエットさん、こんばんは。

わぁい、この作品にコメントとTBが付きました。

>今NHK・BS
これが一番良いでしょう。
映画オリジナルではなく、全て舞台の映画化という共通項もありますね。
個人的には、MGM全盛期のミュージカルやってちょ、という感じですが。

>この頃の映画人って
当時は古い映画を破壊したと思われたニューシネマですが、今となると映画という大木の最後の花だったような気がするなあ。

「スター・ウォーズ」と「ロッキー」がニュー・シネマを終焉させたと言われていますが、映画の終わりの始まりとなったのは「スター・ウォーズ」。「ロッキー」はハリウッド映画を1930年代の昔に戻しただけでしょう。

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