映画評「幸せのちから」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年アメリカ映画 監督ガブリエレ・ムッチーノ
ネタバレあり

ウィル・スミスとその息子ジェーデン・クリストファー・サイア・スミスが話題になった実話ものであるが、言わば、1980年代アメリカ版「自転車泥棒」である。違うのは「自転車泥棒」は戦後イタリア庶民の普遍をある一家に代表させていたのに対し、こちらは最終的には成功する個人的なお話だということ。しかし、最低生活において父子が手を取り合って生きる姿はかなり似ていると言って良く、そこには人間の普遍がある。

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1981年、医療機器を買い込んでセールスを始めたものの滅多に売れず生活に困窮、妻リンダ(サンディー・ニュートン)に逃げ出された黒人青年クリス・ガードナー(ウィル・スミス)が5歳の息子クリストファー(ジェーデン)を抱えながら株仲買人になることを夢見て、証券会社の研修コースに参加する。参加するだに困難で、合格するのは一回に一人という狭き門、つまり半年間無報酬でNo.1の売り上げを上げなければならない。
 彼にとってもっと厳しいのは税金や家賃の支払いで、遂にはホームレスになり、幼い息子の為に屋根のある場所を確保するのに奔走する羽目になる。

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「自転車泥棒」で主人公が盗まれた商売道具の自転車を探しまわるように、こちらでは置き引きされた医療機器を追いかけ走り回る。とにかく走る場面の多いのは彼の懸命さを強調する為である。【赤貧洗うが如し】という日本的な表現が似合わないのは日中主人公が一張羅の背広を着て働いているせいだが、住む場所を失ってトイレで眠る父子を見ると、哀れになって来る。
 彼の焦りはバスで先を争う姿にも現れる。実際には誰が先に乗っても到着する時間は同じ、よって数の限りのある教会の無料ベッドの確保には影響はないのだが、それが人間の焦りというものであろう。allcinemaのレビューを見ると彼の人間性云々という表現が目立つが、余りに実体験に乏しく想像力にも欠ける人々の感想という印象を僕は持つ。

黒人故に差別される場面はなく、制度批判も見られない。社会派ではなく典型的なアメリカン・ドリームをベースとして、とにかく文字通り走り回る主人公を捉えるストレートな人情ものである。その範囲において本作はきちんと作られ、特にまずいという点は見られない。社会性がないからダメ、性格描写が浅いからダメと言うのでは映画鑑賞の幅を自ら狭くしているわけで、人情ものは人情ものとしての巧拙を計らないと意味がない。

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またまたallcinemaの投稿で目に付いたのは、主人公が正社員になった後成功するまでが描かれないのが物足りない、というご意見。こちらにも思わず溜息が出る。
 人生においては、まして主人公のような底辺に近い人間にとって、成功することより成功の端緒を掴むことのほうが遙かに難しいということを知らぬお坊ちゃま的な発想で、本作の主眼がいかに子供をダメにしないぎりぎりのところで踏み止まって成功の端緒を主人公が掴んだか、その機微を描く事であって、成功そのものではない、ということに気付いていないのだ。主人公がまともな給料を取るようになれば、彼の子供との関係はそれまでのように難しいものではなくなる。キャプテン・アメリカのフィギュアを見捨てるといった、少年にとっては残酷な場面が必要なくなる。正社員後の場面など構成的に蛇足になることはあっても決してプラスにはならない。
 僕とて傑作などと言うつもりはないが、難局における父子交流の機微を細やかに描いた佳作とは言えると思う。

ウィル・スミスは好演の部類だが、息子のジェーデン君の前に顔色なしといったところ。

原題The Pursuit of Happynessに合わせて「しわあせのちから」にしないと。その昔国語の教科書にそういう誤植があったのを思い出しました。

この記事へのコメント

シュエット
2008年05月03日 23:28
本作でウィル・スミスって、やはり役者だわって再評価。
彼には好感持っているですけど、こんな真面目な顔の彼って今まで見たことなかったのではないかしらって思うんですけど、でも本作のウィル・スミスは、今までの彼の顔が浮かんでこないほどでした。涙をこらえた表情などは思わずこちらもウルッときたり、採用が決まったときの彼の表情も秀逸。しかし息子君の自然な演技とこの可愛さ。二人をみていると、ウィル・スミスと息子君の家庭での雰囲気が感じ取れるような、親子ならではの自然な暖かい絆が感じられて好感もてました。これは劇場未見で、WOWOWで見たのですが劇場に行っても良かったなって、ちょっと後悔。
オカピー
2008年05月04日 02:25
シュエットさん、コメント有難うございます。

どなたかのコメントに「億万長者親子がホームレス親子を演ずる」と皮肉っぽく書いていましたが、ちゃんと貧乏人に見えるのですから役者とは大したものだと思いますね。^^

「本当の親子に見える」というコメントも傑作。承知して仰っているのですが、演技だからこそ難しいわけで、これも良いところをついています。

>採用が決まった時の表情
絶妙でした。
だからこそ、この作品はあそこで完結しているんですよね。
あの後の話が観てみたいなんて発想は僕にはないなあ。

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