映画評「虎の尾を踏む男達」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1945年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり

黒澤明第4作は、源義経の奥州落ちを題材にした能「安宅」とその翻案である歌舞伎十八番「勧進帳」をベースにした時代劇。短いせいもあって子供時代から何度か観ている作品だ。

1938年以降戦中戦意高揚を目的としない現代劇は作りにくかったので映画作家たちは時代劇若しくは芸道ものに活路を見出すことが多く、黒澤も使用できるフィルム尺の制限の中で長尺を要しない「勧進帳」に材を求めた。
 最初は応仁の乱をテーマにした大型時代劇を考えていたらしいが、フィルムだけでなく馬が調達できず、急遽切り替えたということらしい。戦中の検閲をやっと搔い潜って完成した時は既に戦後、今度はGHQの時代劇禁止令により52年まで公開が延び延びになる。

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兄・頼朝に追われた義経(仁科周芳)が強力(ごうりき)に、弁慶(大河内伝次郎)を筆頭とする家来六人が山伏に身をやつして唯一同情する藤原秀衡のいる奥州まで逃げ伸びようと図るが、加賀国安宅の関で関守の富樫(藤田進)に咎められる。

というお話の骨子は原作となった能や歌舞伎と同じだが、黒澤は最初の企画で上っていたヴォードヴィリアン榎本健一を生かす為にもう一人の強力を作り出した。実に映画的な人物と言うべきで、この強力は狂言回しであり、コメディリリーフであり、最後に弁慶に代って【飛び六法】まで披露して画面からフレームアウトする。他の分野なら無駄と言われかねない役も映画では絶大な魅力を発揮する役になりうるのである。

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安宅の関では、白紙の巻物を広げ偽の勧進帳を読み上げる有名な見せ場から、これまた有名な山伏問答へと続く。ほぼ原作そのままとは言え、見応え十分。この部分の大河内伝次郎は何を言っているのか殆ど聞き取れないが、勧進帳や山伏問答の文言にはストーリー展開に関する内容がないので、さほど問題なし。

義経の強力が余りにひ弱いので疑われた時に弁慶が主人である義経を打擲するのに心打たれた富樫が気付きながらも一向が関を通ることを許すに留まらず、その後を家来に追いかけさせて酒を馳走する。
 このお話で最も素晴らしいのが富樫の見せるこの人情。気付いているのに気付かないふりをする。昨今の作品と違ってそれをはっきりと示さないにも拘らず、観客に感じさせずにはおかず、大きな余韻を生む。

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歌舞伎の長唄に相当する歌曲が進行役として流れるのが時代劇としてユニーク。西部劇で言えばバラッドみたいなものである。60分という短尺故にまとまりの良い作品となっている点にも注目したい。
 エノケンこと榎本健一は映画としては些か大げさすぎる表現が目立つものの、表情と所作だけで相当楽しませて貰った。

虎の尾(検閲)に踏み潰されかけた男達、と改題したい。by 黒澤某

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この記事へのコメント

2008年05月15日 14:55
 こんにちは!
何度観ても、富樫の心意気には惚れ惚れしますねえ。伝次郎のせりふが聞きづらいのは毎度のことなので、気にならなくなりました(笑)

エノケンの出演している黒澤がらみ映画では『エノケンのちゃっきり金太』が好きですよ。ではまた!
オカピー
2008年05月16日 00:23
用心棒さん、こんばんは!

>富樫
やはり本作と言いますか、「勧進帳」で心に残るは富樫のあの心意気ですよねえ。
本作ではそれと気づかせないように作っているところが良いですねえ。
最近の若い観客の中には、気付いていることに気付かない人もいるのじゃあないかなあ。

>エノケン
エノケンはこれ以外に二本しか観ていませんが、やはり歌舞伎翻案の「エノケンの法界坊」は上出来でした。戦後の「エノケンの怪盗伝 石川五右衛門」は陰気臭いだけの失敗作でございました。

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