映画評「野いちご」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1957年スウェーデン映画 監督イングマル・ベルイマン
ネタバレあり

第七の封印」に続くイングマル・ベルイマン第18作。二打席連続ホームランと言うべき傑作で、ベルイマンの最高作と見做す人も多く、批評家の選ぶ映画史上ベスト10の常連である。

ストックホルムの老医師(ヴィクトール・シェーストレーム)が、名誉博士の称号を授与される式典の当日早朝、奇妙な夢を見る。
 針のない時計、街灯に引っ掛かって先に進めない馬車から落ちる棺から現れる自分の死体。針のない時計は時間の観念を忘れたい老年の象徴、死体は勿論来たるべき死への恐れの具現であるが、不気味さと美しさに満ちて映画史上最高の幻想場面と言っても過言ではあるまい。

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老人は、子供を産むか否かで彼の息子(グンナール・ビョルンストランド)と不仲になっている嫁(イングリッド・チューリン)と共に、式典の行われる南部の都市ルンドへ自家用車で向かう。
 途中昔住んでいた屋敷に立ち寄り、野いちごを見つけ、青年時代婚約者だった従妹(ビビ・アンデルセン)を思い出す。

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この場面以降現在の老医師が50年前の彼女や家族を直接見たり、また現在と過去が同時に映される、所謂トランジション・ショット(上画像参照)が駆使される。「佐賀のがばいばあちゃん」でも使われたように今では珍しくなくなっている手法だが、本格的に使ったのは本作が初めてだと思う。初めてというよりこれほど重要性をもって効果的に使われた作品は後にも先にもないのではないか。

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途上少女(ビビ二役)と二人の男友達を乗せる。結局婚約者を弟に奪われ、代わりに結婚した妻に密通されたことで心を閉ざしていった老医師は、青春を謳歌する少女がかつての従妹に似ているので、今思えば無為同然に過ごした若い日々を後悔する。
 続いて事故を起こした中年夫婦を乗せるものの夫婦喧嘩が絶えないので降ろしてしまうが、今は亡き妻との夫婦生活を彷彿とし、益々後悔を深める。息子が自分と同じく愛情に乏しい屍のような人間になった責任も感じ、心を開くことの大事さに気付いた後、遂に安らかな夢(幻想)を見る。息子夫婦にも明るい未来が開くであろう。

こうした心理の流れが手に取るように解るのはショットやシーンの構成が完璧に配置されているからだが、印象を強めているのは潜在意識を夢で、心象風景をトランジション・ショットで描くことに徹した演出である。

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もう一つ、車の中で嫁が義父に夫との諍いを語る場面で、嫁に扮するイングリッド・チューリンを介して現在と過去を行き来する演出が頗る印象深い。義父に語る嫁を捉えた次のショットに映し出されるのは夫であり(上画像参照)、妻を捉えたショットを引いていくと義父がフレームインして現在に変わる。簡潔で鮮やか、ショット構成のお手本と言うべし。

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名演を披露したシェーストレームは幻想的な「霊魂の不滅」といった欧州映画史に残る秀作を放ったスウェーデンの伝説的監督で、ベルイマンの神秘主義的傾向にも影響を与えたと言われている。幻想的な手法には先輩へのオマージュを捧げるという意味もあったのだろう。

グンナール・フィッシャー撮影の映像も相変わらず大変美しく、そこに老人の心理が深く沈潜して、もはや感嘆する外ない。

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この記事へのコメント

十瑠
2007年12月07日 16:55
一昨日から3度ほど観ていますが、書きたいことが沢山あるのに、“どう書いていいものやら状態”が続いて、結局いつものように筋書きを追ったような文章になってしまいました。^^

素晴らしい!
文句無しの★五つでございます。
見る度に、ラストでは涙腺が緩んでしまいます。30年前には何にも感じなかったのにねぇ。(笑)

大きな画像を入れたいんですが、さっぱり見つかりませんでした。残念!
オカピー
2007年12月08日 02:43
十瑠さん、こんばんは。

この傑作に【TBもコメントもなし】は許されないと思っていたので、まずは有難うございます。

僕らも残りの人生の方が短いですから、段々主人公の心境も解るようになりますね。それが良いことなのか微妙ですが。(笑)

>大きな画像
ビデオキャプチャーを導入すべし。
簡単に言ってしまった。^^;
2007年12月08日 08:04
ああ~~、またチョンボ・・・
「悪魔の眼」(未)録画に失敗こいた。(--)

さて満点をおつけになったプロフェッサー、ご満悦の様子ね。
文のそこここに爽やかな風がそよぎわたっているような・・

トランジョンうんたらとか、専門的なことはサッパリ
わかりませんのですが、以前から気にかかりながら
観ていた本作のある部分・・・

・息子の嫁はなぜに義父のもとへ?
 ふつうトラブルが持ち上がれば自分チの実家へ身を寄せる
 のではあるまいか。(嫁は親兄弟親戚はおらんのか)
・身重のカラダでクルマの旅はよくなかろうて。
 ましてあの当時はガタゴト道が多かろうて・・・
・戻ってきた身重の妻に何ですの?あのオットットは!
 (迎えにも行かないでからに!)
 身重の(自分の子じゃろが)オナゴにスーツケース持たせた
 まんま、階段を上がらせるんじゃあ~~りません!

>息子夫婦にも明るい未来が開くであろう。

 私はまったく“開かない”と思いまする。(--)^^

ここが!ベルイマンの面白さなのよ~!♪
オカピー
2007年12月09日 01:58
viva jijiさん、こんばんは♪
またまた難しいこと仰いますなあ。^^;

問1・・・映画的設定の為であるわけですが、それを言ってはお終いなので。
出産をめぐる見解の違いで口論中ではあるが夫も愛しているし、義父を凄く信用している(た)・・・から、車の中で「頼るのではなかった」と言っています。

問2・・・スウェーデンは凄く舗装が良いんです。当時は飛行機の方が揺れた・・・というのは口から出まかせです。^^
私は田舎育ちで、妊婦と言えども妊娠期間の相当多くの時期に野良作業をさせられていた現実を知っていますから、殆ど問題を感じませんでしたね。

問3・・・あの旦那は内心では嫌っている癖に表面的に父親にいい顔を見せたいので、細君のことをすっかり忘れている。しかも、子供の産んで欲しくないという潜在意識が妻の安全を無視させている・・・てか?

続く。
オカピー
2007年12月09日 02:05
>息子夫婦の未来

一つ、父親が改心したことで息子の懸案である借金をチャラにする。改心した姿を見て彼自身が変わる。夫婦の不仲は子供以前に借金に端を発している。
一つ、嫁の発言からこの息子は父親のコピーであると理解できるから、父親の改心は息子の将来的改心への暗示となっている。しかもそれは義父自身の改心を端緒に始まる。
一つ、式典の後の催しに二人で参加することを息子が告げていることからのドラマツルギー的解釈。

というのが私の拙い分析です。
2007年12月09日 07:46
“改心”とプロフェッサーは受け止めたのですね。私はあの夢から発した心の軌跡を経て、おのれの老境に立ち至った際の人間のある種の“変化”と観ましたの。
根っこのところは人間だれしも変わらない、と思っている拙い私の人生観から発した観方ですけれどね・・・。(--)^^

ラスト、
家政婦さんとの会話がまたベルイマンらしい。^^
プロフェッサーもこれからご覧になるはずの遺作「サラバンド」にも似たような描写が出てきましたの。
男の身勝手とわがままを、女は心の底では許さないけれど“受容”する・・・
男は臆病で甘えんぼのくせに横暴、女は辛らつで弱くて、強い(笑)。
そこんところの演出のサジ加減がね~ベルイマンは上手い!

2007年12月09日 08:03
>妊婦の野良作業

あのね~プロフェッサー、あの嫁さんは見るからに都会でお育ちになったオナゴでしょうが。^^かなり臨月まで農家さんで野良作業に従事できるオナゴはそれまでの下地があるからでしょう。
タバコふかしてハイヒールでコツコツ歩くお嬢さん育ちには到底、無理無理。

息子夫婦・・・あちらも嫁さんが苦労するわね。(--)←まだ言ってる(笑)

余談。
車中で主人公が夢の話に持っていこうとしたら、嫁さん、きっぱり言いましたよね。「・・・興味ないわ」。
私、この演出も、ウヒャヒャ&小躍りして観てました~^^
ベルイマンの毒・・・クセになります、これ。(笑)
オカピー
2007年12月09日 23:35
viva jijiさん

>改心
姐さんお気に入りの老家政婦との会話は、老人が相手を思いやらなかった過去の自分を認めたことを示しているように思います。
自己の過失の認識は即ち後悔であり、改心ではありませんか?
改心は変化の一つの様態ではないか、と。

僕も性格の根幹は変わらないと思います。
中学一年まで内気な余り授業で発言できなかった僕は、一年の時に教師に恥をかかされ(それは親心とは理解しました)、学校が合併された二年生の時に周囲に今までの僕を知っている者が殆どいなくなるので一念発起、積極的に発言するように努力したら見事できるようになった、ということがあります。一念発起の理由には好きな娘ができたというのもありました。^^;
以前の僕を知っている人から見れば、性格がかなり変わったように見えたのではないでしょうか?
しかし、僕の性格は変わったわけではないのです。

というように、上の文章では<改心>を性格の変化ではなく、心がけのちょっとした変化という意味で使いましたのです。
オカピー
2007年12月09日 23:45
続きますです。

>妊婦
僕の主観を説明しただけなので、ヒロインを同様に扱うことができないのは承知しておりますです。^^
ただ半世紀前のスウェーデンの妊婦への扱いが正確に解らないので、それ以上は何とも言えませんね。

日本(の地方?)に限って言えば、病院での出産が当たり前になったのは恐らく1970年くらいから。結構最近まで妊婦の扱いは割合ラフだったのが実態ですよん。
ただ、ものの本によりますと、流産率は10~15%でこれは妊婦の行動に殆ど関係なくほぼ一定なのだそうです。うちは早産だけは経験しました。思い返すも涙よ。

>嫁さんが苦労
あははは。多分ね。
本作の嫁は典型的な狂言回しみたいです。本作の中では一応完結したと理解しましたです。
2008年07月25日 10:27
こんにちはー。オカピーさんとviva jijiさんのやりとり、楽しく拝見させて頂きました^^)。ベルイマンにしてはラストがハッピーでいいなぁ…と思っていたんですが、なるほど、viva jijiさんのご意見で違った印象に…。再度観てみなくては…。
オカピー
2008年07月25日 23:57
ぶーすかさん、こんばんは!

viva jiji姐さんは実体験が豊富で、現実に照らして映画を観ることにかけては僕らより数段上ですから。
僕はアングルと構成で映画を観て評価することが多いので、色々と気づかせてもらっているわけです。今さら何ですが、人生勉強ですね。^^;

人生のある瞬間という意味では、ハッピーエンドという理解で良いと思いますよ。ただ、本当の人生は映画のようにそこで終わらないから難しいわけで、姉さんの指摘に説得力が出てくるのです。
2010年09月11日 23:31
いいですよね、まったくもって。
説明しようがないのですが。
トランジション・ショットというのですか。例に挙げておられるのは、過去が背景になっていますが、これは背景が現在でもいいのでしょうか。(つまり現在に、過去の人物が出てくることになりますが。)
オカピー
2010年09月12日 00:34
ボーさん、こんばんは。

本作の心が本当に解るのはもっと老齢になる必要があるかもしれませんが、本作を作った時のベルイマンは今の僕より一回り以上若かったわけですから、想像力と理解力があれば解らないこともないのでしょう。^^

>トランジション・ショット
専門用語でそう言います。
理論的には過去の人物が現在の背景に出るのもトランジション・ショットと言えますが、実際上ほぼありえないんですね。
基本的にトランジション・ショットは人物の主観映像で、主観を成す人物は通常現在を生きる人物と考えられるからです。
SFで過去の人物が現在に現れるケースがありますが、あれは映画の中では現実であって、過去と現在が心象的に融合したわけではないですよね。
現在の人間が未来を想像する場面なら比較的それに近いとは言えますし、一緒に扱われていればやはりトランジション・ショットと言うべきでしょうね。

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