映画評「逃亡地帯」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1966年アメリカ映画 監督アーサー・ペン
ネタバレあり

脚本家としても知られるホートン・フートの戯曲をリリアン・ヘルマンが脚色、アーサー・ペンが映像化した力作で、子供時代に観て恐ろしさに震えた南部ドラマである。

テキサス州、囚人ロバート・レッドフォードがメキシコを目指して脱獄するが、共に逃げた男が凶悪で車を止めてくれたセールスマンを殺して単独で逃亡、苦境に追い込まれる。結局故郷の近くで様子を伺うしかなくなるのだが、脱走のニュースを聞いた町の人々は様々な反応を示す。

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映画は開巻後暫くレッドフォードの様子を縦糸に、町民のリアクションを横糸にして展開していくが、彼が町に近付くにつれてそれらが大きく交錯して人間模様を紡ぎ上げ、最後は怒涛のようにエンディングに向ってなだれ込む。この描出が素晴らしい、というより圧巻である。

彼の妻ジェーン・フォンダは、町を仕切っている石油成金E・G・マーシャルの息子ジェームズ・フォックスと親しくしているが、息子は父親の影響下から抜け切れずもがいている。保安官マーロン・ブランドーは成金の恩恵を受けているのものの、内心忸怩たる思いを抱いていて、それが終盤の反骨精神発揮への伏線となる。

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町は退廃的なムードに支配されているが、その中には脱獄囚に対し脛に傷を持つ不良中年たちがいる。彼の出現への恐怖がその退廃ムードと相まって恐ろしい暴力シーンへと繋がる。
 つまり、レッドフォードからジェーンへの言伝を頼まれた黒人を保安官が保護を兼ねて収監したことに端を発して、殺気立った男たちが保安官を叩きのめし、黒人から聞き出した逃避先の自動車スクラップ場に無軌道な青年たちも集まって火事を起こし、ジェーンに付き添って先に遣って来ていたフォックスが死ぬ。保安官が命懸けで救おうとした脱獄囚も保安官事務所前で恐怖に苛まれた男ロバート・デュヴォールに射殺されてしまう。

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終盤の群集心理の怖さにまず度肝を抜かれる。差別意識の強いアメリカ南部らしい恐怖であり、その潜在心理を探れば前半の乱痴気騒ぎと同じように現状の閉塞感への反発に行き着くであろう。
 二人の若者の死には親のエゴを批判する側面があり、並べて描くことで強調される。マーシャルとフォックスの父子については解り易いが、レッドフォードについては母親の言葉と最後に見せる彼の無視するような態度から過去の仕打ちが解る程度。しかし、それでも都合によって違った顔を見せる親のエゴは強く感じられ、同時に黒人や犯罪者に対する差別を通して人間のエゴが嫌という程描かれるのである。

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アメリカで酷評されたという噂を聞いたが、秀作と言って憚らない。やや演劇的なムードを残しているとは言え、本作で披露される厳しくダイナミックなタッチを見れば、ペンの次回作「俺たちに明日はない」が偶発的に出来た傑作ではないことがよく解る。

本年一年ご愛顧有難うございました。来年も宜しくお願い申し上げます。

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この記事へのコメント

2008年01月05日 07:32
明けましておめでとうございます!
今年も宜しくお願いします。

連続ドラマの最終回を観るような映画で、含みのある過去も取り立てて説明しないというのが、数十年前に観たときに新鮮に感じました。
保安官でさえもボコボコにしてしまう群集心理が恐かったですね。
「A.I」を見た時に、人間達が廃棄されたロボット狩りをするシーンで、この映画を思い出しました。
オカピー
2008年01月06日 01:41
ジュール(十瑠)博士、こちらこそ宜しくお願い致します。

>連続ドラマの最終回
なるほど。
軽い罪で服役しただけなのにあんな結末とは。

>保安官ボコボコ
それに続く火炎瓶事件も。人間いうのは全く嫌な生き物だなと、子供心に思いましたね。
現在の日本の学校もこれに近いものがあるのでは?

>AI
そう言われれば、そうでありんす。
キューブリックかスピルバーグか解りませんが、案外影響を受けていたのかも。
2008年03月10日 10:41
>アメリカで酷評されたという噂を聞いたが
酷評とは知りませんでしたが、わたしは優れた作品だと感じました。 ただこういう映画って胃が痛くなるので好きにはなれません。 
オカピー
2008年03月11日 02:57
みのりさん、こんばんは。

>好きになれません。
なるほど。
今までのコメントなどを伺っても苦い味が残るような作品は、お好きではない印象を受けておりました。
僕は、苦い味を残すことを目的とした作品なら、そういうものとして映画の出来栄えを判断するので、「迫力のある映画を見たな」と思ったりしますね。
2008年05月14日 23:42
>オカピーさん、連日お邪魔します。
犯罪・差別・逃亡などのテーマでの過去記事をTBしました。
同じ匂いを感じたのは『夜の大捜査線』でした。シドニー・ポワチエ主演ですから、前向きで明るいラストでしたが、この作品は確かに上記みのりさんのおっしゃるとおり、胃が痛いですな。
恐怖心や差別意識に関わっては、やはり郡部の視野狭窄が大きい原因のひとつなのでしょうね。
わたしが、この作品で最もショッキングだったのは、ジェーン・フォンダの進歩的なキャラクターでした。旦那の服役中に新しい男が出来ていることに、全く罪悪感がない女性。
この作品によって、せっかくの映画史的傑作「ひまわり」や「シェルブールの雨傘」等の主題がぼやけてしまうような気までしますよ。
罪悪感がないことから、悪女かと思いきや、レッドフォードを助け出すことに精一杯。わたしがレッドフォードだったら、「おまえには助けてもらいたくない。」と無視したくなりますよ。
オカピーさん、どう思います?
始めてみたのが中学生の多感な時期だったものですから、割り切れないものを感じました(今だに)。
では、また。
オカピー
2008年05月15日 03:20
トムさん、こんばんは!
ばんばん<お邪魔>してください。(笑)

>ジェーン・フォンダの進歩的なキャラクター
私は、ちょっと違う考えを抱いております。

彼女は夫RRとフォックスとは幼馴染でどちらも好きだったが、下層階級の彼女は境遇の近いRRと結婚し、金持ちながら非常にリベラルな考えを持っているフォックスには善き相談相手として兄のような親しみを持っていた。
RRの逮捕された時フォックスが精神的に助け、それが高じて二人は単なる兄妹的なものを超えた関係になる。しかし、RRが彼女の心に常に引っかかっているので、応援を求められた時火急に駆け付けた。彼はフォックスにとっても竹馬の友でもある。

というのが彼らの台詞から読み取り想像した三人の関係です。
そうでないとフォックスの行為の理由も説明しきれないような気がするのです。
トム(Tom5k)
2008年05月15日 21:59
オカピーさん、ありがとう。
そして、なるほど。
フォックスのほうが先に親しかったのですね。つまり、本物と言えたのはフォックスとの関係ということなのですね。
でも、論理的でも、映画的でもない、単なる感情移入なのですが、
レッドフォードも気の毒ですよお。わたしはつい彼の立場でとらえちゃうんですよねえ。
では、また。
オカピー
2008年05月16日 18:30
トムさん、こんばんは!

あくまで僕の解釈ですけどね。
観ている最中そういう印象があったので、5か月近く経った今でも憶えてるんでしょう。
ジェーン・フォンダが進歩的な女性であったというのは確かで、この三人の関係は「突然炎のごとく」とまでは行かないまでもルーズな関係で、レッドフォードも承知で二人を迎えていますね。

僕なんかも【生涯に一人】というタイプですからトムさんの気持ちもよく解りますが、異常な嫉妬深さは悲劇を生む要素であり、難しいところでもあると、最近の「絶対の愛」などを見ても思うわけです。^^

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    Excerpt: 1966年 アメリカ 135分 原題 The Chase 監督 アーサー・ペン 原作 ホートン・フート 脚本 リリアン・ヘルマン 撮影 ジョゼフ・ラシェル  ロバート・サーティース 音楽 .. Weblog: 楽蜻庵別館 racked: 2008-03-10 10:30
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