映画評「サラバンド」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2003年スウェーデン映画 監督イングマル・ベルイマン
ネタバレあり

「ファニーとアレクサンデル」(1982年)の後映画製作を止め、TV映画「リハーサルの後で」(1984年)を1本作った以外はメガフォンを取らずにいたイングマル・ベルイマンが「ある結婚の風景」の続編として19年ぶりにメガフォンを取り、日本では製作3年後の昨年暮れに漸く公開されたが、本年7月末にベルイマンは亡き数に入った。これを最後の作品にすると宣言していたとは言え、惜しい哉。

画像

ベルイマン最初で最後のデジタル・ハイビジョン撮影は極めて良好。ビデオ臭さが微塵もなく、殆ど銀塩フィルムと遜色のない見栄えで感心した。ということで、素直に本編を楽しめたのは誠に結構なことであります。

本論の前に一言。
 些細なことだが、前作が始まる時ヒロインのマリアン(リヴ・ウルマン)は35歳、10年後に終了した時は45歳だったはずなのに、それから32年経ったはずの本作では63歳。14歳もサバを読んでいることになる(笑)。旦那のヨーハン(エルランド・ヨセフソン)は42歳だったから84歳となり、こちらは妥当。

画像

思い立つと行動をしないではいられないマリアンが32年ぶりに深い森に佇む古い家にひっそりと住んでいる最初の夫ヨーハンに会いに行く。
 ヨーハンは61歳になる最初の妻との息子エンリック(ボリエ・アールステット)との間に確執があり、その余波が時に全く無関係のマリアンにも及ぶわけだが、彼女はエンリックとその娘カーリン(ユーリア・ダフヴェニウス)のチェロ奏者への道を巡る諍いをも目撃することになる。

画像

といった具合に、続編と言ってもマリアンは傍観者であり、ギリシャ演劇のコロスであり、狂言回しという役目を負って三人の間を縫うように練り歩く。
 恐らく彼女の傍観者としての立場をより鮮明する意図であろう、マリアンが観客に話しかけるプロローグとエピローグを除いて全10章が二人だけの対話劇として対称的に構成されている。これは映画史でも殆ど例がない。遺影でしか登場しないエンリックの妻アンナが謂わばもう一人の狂言回しとして巧みに使われていることも指摘しておきたい(彼女を中心としたこの一家の人間関係は近親相姦的であり異常である)。僕をしてこの作品を傑作と思わしめる最大の理由はその揺ぎない構成である。 

画像

さて、この三人は諍う遺伝子でも持っているかのように最も近しい人に対して憎悪を胸に抱くわけだが、ヨーハンとエンリック間の確執は自分への憎悪が自分と似た者への憎悪に変容したものであり、口汚い罵り合いのうちに非常に強い愛との表裏一体の関係が浮き彫りにされ、愛はいつでも憎しみに変わり得るという人間関係の脆弱さを強く感じずにはいられない。「野いちご」と父子とほぼ同様の関係と言えると思う。

画像

一方、エピローグでマリアンは精神病の施設に入所している娘マッタに生まれて初めて触れたような思いに至る。これは潜在的に憎悪し合っていた娘との和解であり、彼女たちよりずっと強く互いの心への接近を試みていたヨーハン父子を反映する鏡であり、第10章でのベッドインと共に、マリアンの卑小なヨーハンの受け入れの意味を帯びているような気さえしてくる。深く静かな余韻のある幕切れで、思わず拍手をしたくなった。

画像

題名に使われているサラバンドとは元来舞踊の一種だったらしいが、本作ではカーリンが父親と決別する前に弾くバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番≪サラバンド≫」のみを指すと考えたほうが落ち着く。父にも娘にも見捨てられた形のエンリックは皮肉にも人生で無伴奏のソロ即ち無様な自殺未遂を演じることになるからである。

かくして、ベルイマン映画においては男性の我儘で横暴なくせに自己嫌悪に苛まれる様が殆ど例外なく辛辣に描かれており、一方で女性は男性に比べ常に包容力のある存在として捉えられる。こうした辛辣な男女関係への言及には恐らくベルイマンが尊敬していたと想像される祖国の大作家ストリンドベルイの影もちらつく。

画像

しかし、ベルイマンの人間探究はとてつもなく高度で容易に理解しがたいものがあり、その意味で本作は「ある結婚の風景」以上に難物と言うべし。

リヴ・ウルマン、ヨセフソンに関しては前作同様感嘆。初めて観る他の二人も素晴らしいが、特に新人というユーリア・ダフヴェニウスは立派。演劇での実績があるに違いない。

グッバイ、ベルイマン!

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2007年12月22日 21:30
こちらもお正月休み期間にでも「ある結婚の風景」とともに
ゆっくり、まさに、“舐めるように”(笑)再鑑賞したいと
思っております。

CSで本作の撮影ドキュメンタリー番組がありまして
リハーサル風景やベルイマンの演出の模様、出演者の
メッセージなど、とても興味深く拝見しました。
ベルイマン監督はとてもあのご高齢とは思えないほど
スムーズな言動と柔らかな物腰・・・芸術家にありがちな
気難しさなど微塵も私は感じませんでした。

>ユーリア・ダフヴェニウス

おっしゃる通り!彼女は素晴らしい!
素直でのびのびとして柔軟な感性、しっかりした演技・・・
“監督はどんな人?”というインタビューに答えて
「常に何かを考え模索しながら演出をする・・・
それらを、監督は演ずる私たちにも必ず提示してくる。
そういう監督の姿勢を私は常に学びたい・・・」
賢くて素敵でしょ?
将来が楽しみね~♪
オカピー
2007年12月23日 02:01
viva jijiさん

これねえ、苦労した割にはうまく書けなかったですよ。
「ある結婚の風景」のほうがずっとまとまりがあるなあ。
映像はDVDのせいで横縞が入って見苦しいし。

>撮影ドキュメンタリー
実はNHKでもやったらしい(?)んですが、見逃してしまったんですよ。
動くベルイマンを見たかった!

>気難しさなど微塵も
なるほどなるほど。
「乱」の撮影ドキュメンタリーで観た黒澤明も普段は温厚ですよ。
でも、怒るとおっかない。^^;
NHKで観た「影武者」で大滝秀治が怒られるのを見たけど、震えあがっちゃった!

>ユーリア・ダフヴェニウス
そう、凄く柔軟な演技でお見事でした。
名前は昔のローマ人みたいですけど、先祖はラテン系?
ベルイマンのような才能に遭遇すると良いですね、将来。
2007年12月23日 07:35
>見逃してしまったんですよ

それは、残念、残念。
CSでは来月もたしか放映されるようです。
有料チャンネルに再加入してからは私もう毎朝
蛍光ペンで隅々まで番組表のチェックですわ。^^

で~も、プロフェッサー、私、聞きたいのね。
WOWOW歴は、お長いのでしょう?
開局当時の映画チョイスとえらく変容してません?
このごろ・・・というか、少し以前から・・・。
前はもっと充実したラインナップだったような。

>映像はDVDのせいで横縞が入って見苦しいし。

私の場合、新品DVDに入れたのに「処女の泉」が
モノクロ→赤黒いの~~~~(--)^^
特に森の中のシーンが・・・
CS再放映で再度録画しようと考えています。
オカピー
2007年12月24日 02:15
viva jijiさん

>WOWOW歴
開局すると同時に加入してそれ以来ずっとです。
そうですねえ、このところ姐さんが好みそうなミニシアター系が
ちょこっと弱いような気がします。
それでも「逃亡地帯」や「冷血」等の放映は貴重なのでは?
何と言っても国内ではビデオもDVDも発売されていない「ナッシュビル」のハイビジョン放映はホームランでした。
古い邦画にも面白い特集がありますけど、姐さんにはアピールしそうもない。^^;
年末は既に観た大作ばかりで吾輩も観るのがありましぇん。
もうちょっと我慢してくらさい。

>モノクロ→赤黒いの~~
何が原因だべか~。
折角の作品なのに、チョー勿体ないですね。(笑)
2010年12月21日 22:44
なるほど~、構成ですか。
私には、内容的には、またドロドロした人間関係をやってますねー、という感じで。つまらなくはなかったですが。う~ん。
オカピー
2010年12月22日 23:54
ボーさん、こんばんは。

ベルイマンは基本的に構成の作家と思いますが、本作は特に明快な構成で興味を引かれました。
一筋縄で行かない作品であるのは確かなので、素直な感想なのではないでしょうか。^^

この記事へのトラックバック

  • サラバンド

    Excerpt: とつぜん、それは起きるんです・・・ 私の、劇場に行きたくない症候群。 この間の連休前あたりから発生しまして困ったもんだ、 .. Weblog: 映画と暮らす、日々に暮らす。 racked: 2007-12-22 21:34
  • 「サラバンド」

    Excerpt: ベルイマン監督の最後の作品。肉親の人間関係のドロドロ。 Weblog: 或る日の出来事 racked: 2010-12-21 22:46