映画評「モン族の少女 パオの物語」

☆☆★(5点/10点満点中)
2006年ヴェトナム映画 監督ゴー・クアン・ハーイ
ネタバレあり

本作は珍しいヴェトナム映画である。
 ヴェトナム映画と言えば、「青いパパイヤの香り」などで知られるトラン・アン・ユンを思い浮かべる人が多いだろうが、彼はフランスの映画文化で育った人だし、その作品は事実上のフランス映画である。それを別にするとモスクワ映画祭で賞を受賞した「無人の野」くらいしか観たことがないが、同作は内容はともかく映画技術としては児戯レベルだった。

東南アジアには二種類のモン族がいる。本作のモン族は中国雲南省に接するベトナム北部の山岳地帯のそれなので、恐らく一般的に苗(ミャオ)族と言われる民族のことであろう。

最初の場面で中年女性が川を目前に何かをしようとしている。川に着物が浮かぶ様子を捉えた後、実話をベースにした短編小説の映画化という説明がある。そして、いよいよ本編である。

17歳の少女パオ(ドー・ティ・ハーイ・イエン)がいつもはいるはずの養母キア(グエン・ニュー・クイン)がいないのに気付く。上着だけが拾われて溺死とされる。彼女は妻を失ったショックで重病に陥った父の為に実母シム(ドー・ホア・トイ)を探し出す為にバスに乗り、もっと奥深い山へ向かう。
 その間に回想形式で、20年前に子供ができない母の代りにシムが第二の妻に迎えられパオと弟を生んだ後街に出て時々顔を出すが定着をしない様子、そんな実母を恨み養母を慕うパオの姿が描かれていく。

「無人の野」に比べれば演出はかなり洗練されている。最初の省略も終盤で大きな効果を発揮しているし、同一ショットでカメラがパンをした先から戻ると10年ほどの年月が経っているといった現代的手法も見られる。この一作では何とも言えないが、ヴェトナム映画も進歩していると感じられた。

パオが恋人と出かけた祭で着飾った養母が父親ではない男性といるのを目撃、それ以来母親は挙動不審になり、冒頭の出来事に至るのである。実母の家から戻る途中で彼女は死んだはずの養母の働く姿を見てしまうが、黙ってバスに乗る。実母への恨みを呑み込み、養母の幸福を考えられるほど大人になったのである。

いつか見た情景ではないだろうか。
 男尊女卑の著しい旧弊の残る山村で親戚から子供が産めないという理由でキアが疎まれ、パオも生まれた時に露骨に失望される。キアは苦悶の末に一大決心をし、その勇気を娘も理解する。恐らく千年以上も続いたそうした旧弊も少しずつ改められていくだろう、という望みを残して映画は終了する。
 同時に村が過疎化していく実情も若者たちの台詞からも伺え、旧弊を改めることは即ち良き伝統も守れないという矛盾が地方では近代化以降いつも存在するように思われる。

雲南省の苗族よりは些か地味だがそれでもなかなか鮮やかな着物が画面を彩り、風俗的な興味もそそる。

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