映画評「ダ・ヴィンチ・コード」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2006年アメリカ映画 監督ロン・ハワード
ネタバレあり

ダン・ブラウンの大ベストセラーを今や堅実娯楽派監督になった感のあるロン・ハワードが映画化した宗教ミステリー。

映画公開前にTVでダ・ヴィンチ関連番組が数多く放送された時、本作と関連する秘密が幾つか紹介されていたのをすっかり見たせいで、新味なく感じてしまったのは勿体ないことをしたと思うが、ミステリーとしてシングル・ヒットくらいの評価は与えたい。右中間に打ったが右翼手に巧く止められて二塁打にならなかった、てなところである。
 因みに、僕の高校時代の同級生(美術教授)が関連番組の中で解説をやらかしていた。

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ハーヴァード大学の宗教象徴学教授ロバート・ラングドン(トム・ハンクス)は、ルーブル美術館館長がダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」の形で殺されているのを発見された事件に関し、専門家の見解を聞きたいとフランス司法警察の警部(ジャン・レノ)に現場へ連れて行かれる。
 彼の部下の暗号解読官にして館長の孫娘であるソフィー(オドレー・トトゥ)は警察が彼を第一容疑者と見なしていることを告げ、彼に付けられた発信器を利用して警部を外に誘き出し、その隙に館長を巡る謎を解いてもらう。

行動を共にすることになった二人は警察や館長殺しの真犯人であるキリスト教原理主義宗派オプス・デイの修道僧(ポール・ベタニー)に追われながら、キリスト教2000年の歴史を覆す秘密に行き着く聖杯の在り処を示す地図の入った円筒型容器(クリプテックス)を確保、聖杯に取り憑かれたイギリス人のティーピング卿(イーアン・マッケラン)の城館で暗号解読の協力を仰ぐ。

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○○主義者や信心深い人は文学や映画を公平に楽しめない。その点ノンポリで宗教にも縁遠い僕は全く問題ない。まして批評においては思想・宗教からフリーであることはより重要な条件である。
 本作も公開に当たってはバチカンその他の宗教関係者から相当の抗議があった、或いは映画祭で拍手がなかったなどと報道されたが、聖職者はともかく熱心な一般信者もキリスト教絡みの作品は楽しめない。キリスト教徒でない、或いは信仰の薄い日本人だからこそ本作は純粋に楽しめると言うべきである。

原作が大ベストセラーなので、日本では別の意味で大騒ぎになった。
 原作ファンも一種の信仰者であり、やはり映画を楽しめない人々と言って良い。彼らは自分の気に入ったお話を読んでいない人々に伝えてほしいことを映画に期待するので、それができていないと大騒ぎ。しかし、そんなことは原作と無縁の世界にいる純粋な映画観賞者にとっては大きなお世話である。それ以前に、いかにイメージを喚起させるかを面白さの根源とする小説と、いかにイメージから物語を理解させるかを目的とする映画では、評価の面で比較しようがない。
 それとは別に内容を理解する為に原作を先に読むという行為を繰り返す人もいる。少なくとも映画を小説より優先的に考える人はこれをやるべからず。理解を助けることになっても映画を楽しむ助けにはならないので、読む必要があるなら映画の映像を脳裏に収めてから読むのが映画ファンの小説との正しい付き合い方である。それが出来なければ関連付けて批判すべきではない。そもそも「お話を知っているから楽しめる」という論理が僕には理解できないのだ。犯人やトリックを知っていて楽しめる推理小説はあるだろうか?

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さて、閑話休題。

謎解きの展開が順調すぎる部分に幾ばくかの物足りなさを覚える。原作を読んでいないので何とも言えないものの、恐らく4時間くらいかければじっくりと味わえると思うが、昨今の観客は気短で4時間の映画はまず作らせてもらえないところに時代の不幸がある。尤も4時間のミステリー映画など今まで見たことがないわけだが。

前出した「ウィトルウィウス的人体図」に留まらず、「モナ・リザ」や「岩窟の聖母」といったダ・ヴィンチの有名絵画や鏡文字を縦横無尽に利用した衒学的な面白さは、事実との整合性や考証はともかく、大いに認めたい。説明的であると批判する人もいるが、衒学的な本格推理小説を映画化する場合に避けることはできない性質のもので、本格推理の名作が意外と映画化されていない理由はそこにある。

ニケーア公会議、コンスタンティヌス帝といった歴史用語には高校時代の世界史を思い出して懐かしくなる人も多いと思う。教科書からはなかなか構築できないイメージを映画はいとも簡単に伝えてくれるので史劇や歴史絡みの作品は大変有難い。
 他方、時代が下ってテンプル騎士団やフリーメーソンに絡む辺りは「ナショナル・トレジャー」を思い出させるが、残念ながら、冒険映画に徹した「ナショナル・トレジャー」の平明さが生み出す魅力に及ばない憾みがある。
 また、原作の論争場面を圧縮して整理した見事な脚色に、演技・美術・撮影が相まって抜群の一編になった中世宗教ミステリー「薔薇の名前」には全く太刀打ちできない。

ただ、スコットランドのロスリン礼拝堂でソフィーが過去の自身を見る一種のトランジション・ショットの扱いは過去の音声も交えて素晴らしく、感心させられた。

この記事へのコメント

2007年08月07日 17:41
プロフェッサーはん、
そないにおっしゃいますけどなぁ、(笑)
あのバカ騒ぎのようにトグロ巻いて並んでた観客の
中で、純粋に映画は映画として楽しんだ人、
いったい、幾たり、いたべか?^^;

>衒学的な面白さは・・・

プロフェッサーのように人一倍知識の豊富な方なら
いざ知らず、原作も読んでなければキリストさんにも
レオナルドさんにも興味の薄い方々なら、おそらく
何が何やらトンチカチン(^^)だったに違いないわ~。

ロン・ハワードの苦労の跡なんてわかる人なんて
ほんの一部の映画ファンよ~(--);;

言うてなんですけど、
本もバカ売れして潤って、ハリウッドも儲かって
あちらは潤ってばっかですけど、果たして我が国の映画ファンの
鑑賞レベルも・・・潤ったの?・・・かしら~?(^^;)
2007年08月07日 18:47
プロフェッサー、こんばんは。

私はこの作品、宗教的な知識が全くなく(私は無宗教で無神論者なので)、原作も読んでいないことがかえって、画面、ストーリーに集中でき単純に楽しめました。まあ、展開は強引な部分を感じますが、映画はシャクとの闘いがありますからね・・・。

あと私も金田一はよく原作と比較して、記事などを書くのですが、あくまで市川版からはいっていますのでね。基本はあくまで別ものとして楽しむことが映像作品には必要だと思います。
では。
2007年08月07日 19:24
 オカピーさん、こんばんは。
 ぼくは小説にどっぷり浸かってから、映画が公開された一週目に劇場で観たのですが、自分と周りの人たちとの映像への反応が違うことに気付かされました。おそらくほとんどの人は組み合わせパズルでの「槍」という言葉がクリスチャンにとって、どういう意味を持っているかなどは興味がないのかもしれません。
 聖書は数回読んだきりですが、ある程度知っていると、欧米のいろいろな映画を観る時に「うーむ!」と唸らせられることもあります。そのため何年かに一回は読むようにしております。
 観ていた時には原作との差異やどこをどう端折って、一本の線にしていくかに脚本の苦労と努力の跡が窺えましたので、細かい点(原作との違いではなく、尺の問題)では不満はありましたが、及第点以上で楽しめました。
 もちろん原作世界を忠実に映像化するにはあと二時間は必要でしょうが、劇場の回転率を考えると無理な相談でしょう。製作者はそのなかで最善を尽くしたのではないかと思います。この作品に関してはたとえ原作を知らなくても、娯楽としても芸術的にも十分に楽しめる映画として成立しています。ではまた。
 
オカピー
2007年08月08日 00:37
viva jijiさん

>いったい、幾たり、いたべか?^^;
殆どいなかったべな(笑)。
なわけで、わては皮肉いっぱいに書いたんや。
なんて出鱈目な方言はやめにして、
一番言いたかったのは、原作をだしに映画を批判するな、ちゅうこと。
色々な作品のコメントで言っているから多少表現を変えましたが、いつまで経っても解らんやつらばっかり。

一番苦労したのは、脚色のアキヴァ・ゴールズマンでありましょう。名前から判断するにユダヤ系ですので、内容はすんなりですね(笑)。あとはどう縮めるか。純文学と違って省略できるところが少なそうなお話なので、苦労が想像されます。
ロン・ハワードをラジー賞候補にしろという声もallcinemaにありましたが、監督の苦労なんて何も知らん輩のでたらめ。かなりきちんと作っていますよ。
あのロスリン礼拝堂にソフィーが入っていくと「ソフィー」という声にリードされて過去の場面が挿入される、あの感覚。素晴らしかったなあ。
オカピー
2007年08月08日 00:49
イエローストーンさん、こんばんは。

私は原作ファンが映画を批評する際によく使われる「原作をリスペクトしろ」という発言に甚だ不愉快さを覚える方で、「映画は2時間で読める本ではない」と反論しております。
逆に原作どおりに映画化するのは殆ど不可能ではないか、と。イメージが先にある映画では自ずと限界がある。「アクロイド殺人事件」は小説だから成り立つが、原作どおりに映画にすることは不可能。一人称映画でも無理でしょう。まして一般の三人称で映画化できない。無理やりやれば平凡なミステリーになってしまう。

あれは極端な例ですが、多かれ少なかれそういう関係性が小説と映画にはありますよね。

少なくとも3時間はほしかった内容。しかし、ミステリーに3時間はご法度かな。しかし、邦画の「飢餓海峡」は3時間を超えた大傑作。やはり時代性故か。
オカピー
2007年08月08日 01:12
用心棒さん、こんばんは。

いやあ、「犯人が予想通りだった」なんて言っている連中に「槍」の意味は解りますまい。
そもそも本作は犯人当てミステリーでもトリック当てミステリーでもない。最終的に警察に捕まった彼は所謂「犯人」でもないですよね。

本作の肝は、ネタバレすれば、キリストの血は受け継がれているという作者の主張ですよね。それも途中で見当が付くと言えば付きますが、付いたから価値が下がるかというとそうでもない。それが映画です。

用心棒さんのように、映画の観方が解っている方が原作を先に読まれても安心ですが、「原作と違うぎゃあ」だの「原作よりつまらにゃい」だの騒ぐ連中は本当に嫌になる。

一般論として、どんな複雑怪奇な作品でも原作は後で読めば十分。今はレンタルという便利なものがあります。解らなければ何度でも観れば良いだけのこと。
2007年08月09日 20:39
 オカピーさん、こんばんは。
 この映画も不毛な原作論議がありましたね。しかしまあ、『模倣犯』でもこの作品でもそうでしたが、なぜ小説などの原作読者は文字としての言語とイメージとしての映画言語の違いを理解できないんでしょうかね。芸術の媒体が違えば、表現の仕方が変わってくるという基本すら分かっていませんね。
 たとえば『ワルキューレ』一つとっても、歌劇(演劇)、お話そのもの(文学)、環境美術(建築や道具)、音楽(巨匠ワーグナー作)、一瞬一瞬に目に映っているものを描くことが出来れば(絵画)となり、仮にこれを映画にする場合、カメラの動きやカット割りを使って編集をすれば、一応は映像作品としての『ワルキューレ』になります。
 これは極端な例かもしれませんが、原作ファンという括りで見ると、多くの文学ファンは文字になっている原作『ワルキューレ』だけですべてを語り尽くそうとする。同じように音楽だけとか言う人も同じです。
2007年08月09日 20:46
<続きです>
 一部のことには深いかもしれませんが、トータルとしての視野は狭いです。どちらも楽しんでこそ、芸術の鑑賞態度が幅広くなるんですけどね。 ただこう言うと「そんな暇はない!」とか「楽しめばいいんだ!」とか「じゃあ、あんたの専門分野は何なんだ!」とか言い出す輩もいるかもしれません。
 敢えて言わせていただくと、「準備の整わない人が得る楽しみは少ないですよ、もったいないですよ。」ということでしょうか。
 同じ物を観ても、観る者が違えば、そして幅の広い者が観れば、目に入ってくる情報量は何倍も違います。またそれらの情報の海の中でも、どういうアングルで捉えようとするのであろうとか、どう展開させていくのであろうとか予想(原作を知る者の楽しみ方の一つ。どういう撮影の仕方をするのだろうとかはワクワクします。)するのが楽しい。
ではまた。
オカピー
2007年08月10日 00:48
用心棒さん

重複しますので、簡単に言いますと、
原作を読んでそれと映画の比較を冷静にすることができる人は、真の読書家であり、映画ファンでしょう。
原作と映画を内容的に比較することはできる。面白いつまらないの比較ではない。変えた部分が映画にどのように作用を与え、上手く行ったか行かなかったのかを検証して初めて原作と映画の差異を土台に映画の評価ができるわけです。
いずれにしても無理やり原作と比較しなければならないことはありませんね。
2007年08月11日 00:59
 オカピーさん、こんばんは。
 とりわけ原作ファンはたいてい映画に厳しいですね。本来であれば、映画だけしか観ない人よりも、もっと楽しめる可能性を秘めているのに残念に思います。ではまた。
オカピー
2007年08月12日 01:15
用心棒さん、こんばんは。

>厳しい
ファンというのは大概「あばたもえくぼ」ですからね(笑)。

読書と映画観賞を同じくらい重要視している方が原作との単純な比較で批判されるなら、残念ですね。
読書が中心でたまに映画ならそれでも良いですが、それでもそれは小説を語る場に限って貰いたい。まあ、贅沢な意見でしょう。
2007年08月13日 00:54
 映画も小説もどちらも楽しい作品だったんですけどね。小説の仕掛けも楽しい読み物になっていましたし、映画の雰囲気や英語を喋るオドレイ・トトゥもよかったですよ。
 ではまた。
オカピー
2007年08月13日 15:29
用心棒さん

>オドレイ・トトゥ
個性を重んじる時代と言いながら、実社会に生きる人間たちは好んでマジョリティに取り込まれようとしていて、現在ヨーロッパ大陸の男女優で人気投票ベスト50に入るのは各一人ずつくらい。
女優は勿論オドレイ嬢とぺネロぺ嬢。
男優ではベネル・ガルシア・ベルナル君。

いやあ、世界でも珍しいほど欧州映画を愛し、欧州スターを愛してきた我が日本人はかくも右ならえになったのか。寂しいですね。
2007年08月14日 01:07
 オカピーさん、こんばんは。
>世界でも珍しいほど欧州映画を愛し
 六十才以上の人に聞いてみるとマリリン・モンローやオードリーに混じり、俳優ではギャバンとかマストロヤンニ、女優ではガルボやディートリッヒの名前を出す人が結構多いのには驚かされます。
 もちろんフェリーニや黒澤作品にも触れていて、いわく「『椿三十郎』は派手で良いかもしれないが、『生きる』の深さがないからあまり好きではない」など本質を突いてくる人もいます。
 ハリウッド・スタイルの単純な世界には納得できない敗戦国民であった我々には甘いだけではない苦味も兼ね備えた欧州映画が肌に合っていたのでしょう。そう思えば、ヨーロッパ映画や落ち着いた日本映画が低迷している現状こそ、まさにアメリカンテイストな粗野な風味しか分からなくなってしまった日本人の文化レベルの低下を象徴しているのかもしれません。ではまた。
オカピー
2007年08月14日 03:49
用心棒さん、こんばんは。

最初に訂正。
べネルではなく、ガエル・ガルシア・ベルナル君でした。どこでどう間違えたものか。年をとると嫌ですね。

寧ろ欧州俳優の心に残ったのではないかと思いますね。戦前のダニエル・ダリュー、戦後のBBやCC、ソフィア・ローレン、G・ロロブリジダ、
トムさんも私も好きなドロンに、G・ジェンマ、ベルモンドなど、一世を風靡した大スターは枚挙にいとまがないですし、もう少し格下を挙げればハリウッドより多かったでしょう。ハリウッド俳優は明るいだけという印象もありますから、暗さを好む日本人は欧州に向く傾向がありました。

こう言ってはファンに恐縮ですが、「スター・ウォーズ」が<映画の時代>を終りにしたのかもしれませんね。現象面で言えばニューシネマの終焉ですが、事情はもっと複雑で映画の世界的画一化が始まったのが1977年だと思います。そうなると強いのはハリウッド。ハリウッドに追従するようになった欧州娯楽映画は価値を激減させることになりました。その結果のスター不在ということもあるでしょうね。
2007年08月14日 14:51
 オカピーさん、こんにちは。
 ニューシネマの終わりといえば、ぼくは『ロッキー』を思い出しました。ハッピーエンドではないビターエンドが多かったニューシネマの中で、世界チャンピオンを相手に無名選手が「ドロー」に持ち込んでしまったエンディングを見たときに、アメリカ発のムーヴメントの終焉を完全に実感させられたファンも多かったのではないでしょうか。
 それ以降あの国では、もうああいう人間の深みに迫った作品が大ヒットすることがなくなったように思います。ではまた。
オカピー
2007年08月15日 20:25
用心棒さん

私の場合は「ロッキー」は歓迎でしたね。何故なら戦前のハリウッド映画の本格的復興でしたから。実は73年くらいからそうした傾向が出始めたのですが、「ロッキー」は確かにそうした一本でしょう。
ニューシネマは戦後のセミドキュメンタリー・ブーム、ネオ・レアリスモ、ヌーヴェルヴァーグと並ぶリアリズム指向の発露だったわけですが、そうした動きは必ず数年間で役目を終りにし、底流にその気分を残しながら新古典的になっていく繰り返しで現状に至っています。

「スター・ウォーズ」自体は優れたシリーズでしたが、映画をヴィジュアルな方向に持っていきすぎた感があること、フィギュア等の副産物により映画を別のものにしてしまった、といった大きなマイナス面を否定できません。
2007年08月15日 23:23
 こんばんは。
 ぼくにとっての『スター・ウォーズ』シリーズはエピソード4~6であり、1999年以降に公開された1~3ではないですね。フィギュア商売はたしかに行き過ぎで、見苦しいほどでした。
 ロッキー・シリーズは2までは真面目な作りでしたが、ハルク・ホーガンが出てきた3、愛国者的ムードに満ちた4、最低で記憶にも残っていない5などハリウッドの悪いところがすべて出てきたシリーズであったのではないでしょうか。ではまた。
オカピー
2007年08月16日 18:48
用心棒さん

>スター・ウォーズ
私も勿論最初のシリーズについて話をしているわけですが、映画そのものに罪がないとしても、悪い傾向を生み出した作品は映画史を見てもかなりあります。「パルプ・フィクション」「シックス・センス」等。

このシリーズはSFXを向上させた貢献もある一方で、CGの台頭を早め、結果的に映画を単なる見世物に変えていく先鞭になってしまったのかもしれません。映画自体は海賊映画は騎士もののヴァリエーションで、面白かったですよね。

>ロッキー
ハリウッドの悪いところと言えばそうなのかもしれませんが、シュワの退屈千万な大半の作品より良いと思っていました。

私はそれより、「アイランド」や「アンダーワールド」の人間不在を<映画>と称して公開、それを観客が喜んで観ている現状のほうが遥かに深刻だと思います。
オカピー
2007年08月16日 23:37
前の文の訂正

海賊映画は騎士ものの⇒海賊映画と騎士ものの
シュエット
2009年05月28日 17:07
私これ記事かいてるもんと思っていたら、ブログ開設前に鑑賞済みだったみたいです。『天使と悪魔」のパンフレットが「ダ・ヴィンチ・コード」のDVD付だったので再鑑賞しての記事です。
>謎解きの展開が順調すぎる部分に幾ばくかの物足りなさを覚える。
私も劇場鑑賞では、面白かったけれど、今ひとつの物足りなさを感じました。
今回観ていて映像ではロン・ハワード頑張ってるよなって思いましたけど、映像に比べて内容が…アンバランスを感じました。かなり映像でカバーしたような。
でも歳鑑賞しても、やはり映像は見応えがあって、最後まで面白く見せてくれましたから、ロン・ハワードにはちょっと拍手を送りたい気持ち。
今回みて、ラストのあのピラミッドのシーンもなかなかのもんだわ思った。
オカピー
2009年05月29日 01:38
シュエットさん、こちらにも有難うございます。

物足りなさは、やはり、上映時間でしょう。
本来本作が扱った内容にふさわしい上映時間は2時間前後ではなく、最低でも3時間、できれば4時間くらいで見せてほしい内容と感じましたね。

>ロン・ハワード
堅実な仕事をしていますね。大したもんだ。^^

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