映画評「名もなく貧しく美しく」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1961年日本映画 監督・松山善三
ネタバレあり

脚本家のイメージが強い松山善三が自らの脚本を映像化した監督デビュー作で、聾唖者夫婦を描いた珍しい映画である。

太平洋戦争末期、寺の長男の息子に嫁いでいた聾の高峰秀子が戦災孤児を拾って可愛がるが、終戦後彼女のいない間に子供は施設に無理やり送り込まれてしまう。神罰が下ったのか夫が伝染病で死ぬや否や、邪魔だとばかりに寺から追い出された後、同窓会で知り合った聾唖の青年・小林桂樹に求婚される。

求婚前に「友達になって欲しい」と青年が彼女に頼む場面が大変宜しい。勿論手話によって会話はなされるわけだが、字幕が出る。線路を挟んで望遠で撮っているので、列車が通り過ぎる時二人の姿は遮られるが、話は依然と続く。本来音声による会話のない二人の会話が電車の轟音に遮られているような錯覚を起させるのが頗る興味深く、ムード満点。本作で一番好きな場面だ。
 動物のいない上野動物園での求婚も、檻の内側からその模様を捉え、鉄格子が面白い効果を出している。

やがて彼女は妊娠するが、これがまた難儀である。健常者が聾唖の子供を育てるのも難しいのに聾唖の夫婦の産んだ子供が聾唖だったら難しさは二重になる。健常の子供でも彼らにとっては難しいわけで、事実最初に生まれた子供は土間に落ちて死んでしまい、次の子供についてはトラウマにならざるを得ない。
 結局もう一人子供を設けるが、小学生になる頃息子の一郎君(島津雅彦)は両親が聾唖であることを大いに恥じて反抗的な態度を取る。「子供など生むんじゃなかった」と彼女は弱腰になる。

ヒロインの弟・沼田曜一はチンピラで二人が懸命に稼ぎ出すなけなしの金を使い込むに留まらず、彼女の内職の道具であるミシンまで強奪する。姉は弟と心中することを決意するが、夫が置き手紙で気付いて懸命に留めようとする。電車の車両越しに手話で会話をするここも迫真の名場面である。

4年後小学校5年生になった一郎君(玉田秀夫)は、両親を嫌うことなく、差別に対して疑問を持つ正義感の強い少年になっている。二人の努力もあるだろうが、祖母・原泉が軌道修正した部分も大きかろうと想像される。

この感じで終わってくれたら本作は紛う方ない傑作になったはずである。
 松山善三は何を思ったか、ヒロインが青年になった戦災孤児に会おうと急ぐ余りトラックにはねられて帰らぬ人になり父子が途方に暮れるという展開にした。この幕切れでさえなければ☆一つ余分に進呈できるほど素晴らしいと感じただけにつくづく残念なのである。30年前に映画館で観た時もそう思ったが、今回もやはり同じ印象を抱かざるを得ない。

観客は、この夫婦が身分相応の幸せに満足する姿にこれ以上はない感動を覚えていたはずである。祖母も人格者であるし、息子も社会に疑問を感じる立派な少年になっているではないか。ハイティーンになった戦災孤児(加山雄三)に再会するところで終わりにすれば、僕らの家路につく足どりも軽くなったであろう。
 身の程を知った二人と、働きもせずに金ばかり求める弟、香港人の妾になってやはり金ばかり追求する姉(草笛光子)との対照により、金銭に縛られないこの家庭の幸福は見事に浮かび上がっている。彼女を殺して悲劇にする必要など全くなかった。そのまま終っても聾唖者の抱える苦労に変わりはなく、ハッピーエンドとは言えない。Life goes on...という事実を謳い上げるだけで、本作は目的を果たしたはずである。屋上屋を重ねたとは言えまいか。

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この記事へのコメント

2007年08月25日 20:40
晩酌をしながらの父の映画談義に必ず出てくる本作で
ございました。

脚本家さんが映画を撮るとなんとなくこういう感じに
なりがちじゃありませんこと?
シンプルに終わらせたくなくて、何かこうお話をつなげて
みたくなるのかも・・・^^

でも、美しくて力強いご夫婦愛の名作でしたわ。
オカピー
2007年08月25日 23:55
viva jijiさん

うちの父は、「血と砂」と「十戒」だの、「七人の侍」や「天国と地獄」だの。しかし、監督なんて何も知らない、典型的なミーハーです。
タイトルしか憶えていない口。
映画談義なんてレベルではないです。とほほ。

それはともかく、最後の5分までは素晴らしい映画ですが、最後にメロドラマを持ってきてしまう。メロドラマなら最初からそういう手法で作ればそれはそれで良いわけですが、途中までは人情味のある一種のドキュメント・タッチですから、勿体ない事をしたなと思いますよ。
結果的に続編が作られたので、続編を作る方策かいと口が悪い人なら言いかねませんね。^^

私ならこう作ります。
ドアを開ける。ガラガラガラ。
土間から青年が頭を下げて何かを言う。高峰秀子も頭を下げて何かを言う。
それを「ロッキー」でロッキーがトレーナーと握手をする場面のようにロングで撮る。溶暗。
良いでしょう? 足取りも軽く帰宅の途につけます(笑)。
2007年08月27日 06:47
うちの両親は暗くて可愛そう…と、この作品も観たがらなかったです。太平洋戦争ものと終戦直後の作品は当時を思い出してイヤなんだとか…。当時の映画でも洋画なら今でも喜んで観るんですけどね。
オカピー
2007年08月27日 21:28
ぶーすかさん、こんばんは。

私の両親は戦中相当苦労してきたのですが、録画して見せたところ、案外平気で観ていましたね。結構呑気な人たちなんです(笑)。
「今の若い人たちはこういうのを観るべきだ」なんて感想を述べていましたよ。

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