映画評「獄門島・総集編」(1949年版)

☆☆(4点/10点満点中)
1949年日本映画 監督・松田定次
ネタバレあり

前回WOWOW放映時に見逃したので、今回はしっかり観る。

片岡耕助(片岡千恵蔵の金田一耕助という意味でござる)シリーズ第2弾は、映画館では二回に分けて上映された超大作。第1部75分、第2部91分の計166分、こちらの総集編は103分なので大幅カットの短縮版ということになる。

終戦直後、復員船で戦友・鬼頭千万太(ちまた)の死を看取った金田一耕助が、「三人の妹が殺される」という臨終の言葉を気にしつつ彼の故郷である獄門島を訪れる。鬼頭家は嘉右衛門(片岡二役)を当主とする本鬼頭と、儀兵衛(進藤英太郎)を当主とする分鬼頭とに分裂、激しく対立している。三人の海賊が島に上陸したという情報が届く。
 嘉右衛門が死に、その葬儀の直後に、分鬼頭の男妾・章三と密会した本鬼頭の三人娘の一人・花子が死体になって発見され、章三が怪しまれるのだが、以後、残る姉妹二人が相次いで奇怪な死を遂げ、地元の巡査に怪しまれながら金田一が調査を開始する。
 
といった次第で、設定や人物配置は助手の静子(喜多川千鶴)の追加を別にすると原作や1977年の市川=石坂版と大して変わらず、片岡耕助シリーズとしては見応えのある部類で、採点は出血大サーヴィスだが、問題は例によって多い。

画像

細かい点では、嵐の夜に金田一が鉄格子の中に押し込まれるシークェンスに出鱈目が目立つ。まず巡査が金田一を押し込む為に彼のいない場所で演技する必要はない。巡査の妻が静子の言い分に納得して独断で釈放しようとする(巡査が鍵を持ち出して外出したので結果的にはできない)のも変である。彼が留置されている間に殺人が起きないのも意味がない。そもそも金田一が身分を明かさないのも謎で、結局何の説明もないままに終る。

仕掛けに過ぎない海賊の捕縛にあれほど時間を掛けるのは構成上バランスを欠き、官憲でもない金田一が拳銃を所持して発砲するのは非常識。時代劇ばかり作っていた東横映画(現・東映)さんは冒険時代劇をそのまま現代劇に置き換えるのがやっとだったらしく、格好だけはミステリーだが、中味は冒険劇に近いので、全体としてはかなりチグハグと言うしかない。

「三本指の男」に比べれば推理過程は大分あるが、どうも見かけ倒しで、取っ掛かりすら提示されないまま真犯人を突き止めてしまう。見得を切るだけで犯人が掴めるのだから神業である。その真犯人がまた奇想天外で、誠に驚きました。原作のトリックはその為に全て排除されている。横溝正史ファンはがっかりでしょう。

それから、磯川警部を演ずる大友柳太郎(柳太朗)の口跡が頗る悪い。半分は何を言っているか聞き取れず、片岡千恵蔵も決して良いほうではないが、その彼が解り易く聞こえるほどである。しかし、警部の台詞には何の意味もないので、解らなくても展開上支障がない。脚本家の苦肉の策でしょうか(笑)。

チャンバラを禁止したGHQが銃撃を禁止しなかったのは手抜きじゃ。

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この記事へのコメント

2007年07月24日 16:10
プロフェッサーこんにちには。
設定や人物配置は原作と大してかわらないようですが、もう別ものですね。他の方の記事で犯人等を知るに、この物語の核となる鬼頭嘉右衛門のあさましいまでの執念や、見立てが全く関係ないつくりのようですね。

>原作のトリックはその為に全て排除されている。横溝正史ファンはがっかりでしょう。

正にそうのようですが、
格好もそうなんですが、ここまでくると怒りを通りこして、逆に興味をひきます(笑)。
オカピー
2007年07月25日 04:02
イエローストーンさん、こんばんは。

大分まともではないかと思って観ていたのですが、進めば進むほどあらが出てくると言いますか。

本格ミステリーの作り方を知っているとは勿論思えません。
映画は映画として観ているので、原作と違うじゃないかなどと野暮なことは言いませんが、きちんと作るべきところは作らないとお話しになりませんね。

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