映画評「マジカル・ミステリー・ツアー」

☆☆★(5点/10点満点中)
1967年イギリス映画 監督ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、バーナード・ノウルズ
ネタバレあり

何を思ったか、ビートルズの面々が劇場用に企画したものの興行主の反応が芳しからず、TVで放映したところ75%という桁外れの視聴率を稼いだが、サイケな映像作品にも拘わらずモノクロで放映されたということもあって酷評、「弘法も筆の誤り」ならぬ「ビートルズも失敗する」と言われたフィルム映像作品である。

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英国で日常的に行われているというミステリー・ツアー(どこに連れて行かれているか解らないツアー)にビートルズの面々がただの若者に扮して参加、野原で始まった追いかけっこがバスを交えた自動車レースになり、リンゴ・スターの伯母さんが老人と踊る幻想場面(BGMは「オール・マイ・ラヴィング」のオーケストラ・バージョン)や魔法使いの騒動を挟んで、男性諸君のストリップティーズ観賞などでツアーは終る。

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という物語はあってなきが如く、思い付いたままに進めているだけなので、一つの映像作品としては当時の評価は当たらずとも遠からず。モノクロ放映云々だけの理由ではない。
 「ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!」と「HELP!四人はアイドル」を作った才人リチャード・レスターを思わせる良いタッチの部分もあるだけにもう一度ご出馬願えばもう少し面白く作ってくれたと思うが、ビートルズとしてはもっとフリーな作品を狙ったというのが実際であろう。作り方の適当さ加減で言えば、本作の影響下に作られたはずの「ザ・モンキーズ/恋の合言葉HEAD!」と似たり寄ったり。

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しかし、ビートルズの公式曲は全て歌えると豪語する僕にとってそれは表向きのコメントであって、妙ちきりんな本編を観るより半ば独立して紹介される楽曲を聴くだけで楽しめてしまうのである。
 ミュージック・クリップ的に価値があるのは、崖っぷちに佇むポールを捉えた「フール・オン・ザ・ヒル」、演奏場面とせいうち、かば、うさぎ、鳥の仮面を被ったジョン、ポール、ジョージ、リンゴの四人を交互に収めた「アイ・アム・ザ・ウォルラス」、四人が白いタキシードを着て階段から降りて来るのが素敵な「ユア・マザー・シュッド・ノウ」。曲としても断然優秀で、よく口ずさむ三曲であります。

最後に「ハロー・グッドバイ」が少しだけ聴ける。名曲なのでこれも本編に加えて欲しかったですな。

謂わば、音楽ファン向け採点です。

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この記事へのコメント

2007年07月16日 14:34
こんにちは。
私はプロフェッサーの足元にも及びませんが、一応ビートルズが好きです。ただ映画は1本も鑑賞したことがないのですが、これはおっしゃる通り、楽曲を聴くという楽しみかたがいいようですね。
「フール・オン・ザ・ヒル」の崖にたたずむポール、南仏で日の出を待って撮影したらしいのですが、あの画はすきですね。

では、また。
オカピー
2007年07月17日 03:06
イエローストーンさん、こんばんは。

実は貴ブログで、ポール・マッカートニーがお好きというのを知って大いに嬉しくなった次第。コメントを残そうと思いましたが、色々と忙しくてどうも。^^;

ビートルズの劇映画はいずれも質が高いですが、最初の「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」は映画史に残ると言っても過言ではないですよ。アニメの「イエロー・サブマリン」もサイケでシュールですが抜群です。

本作は余りにも適当で、まともに評価もできません。^^;
fujisan
2007年07月18日 21:31
うーーんと・・・もうかれこれ40年も昔のことだったと記憶しています。
フィルムコンサートとか言って、外タレさん達の映像大会がよく催しされてました。その中の一つとして確かフェスティバルホールで見ました。カラーでした。私達はその当時あの映画が観れるだけで『やったあ!』という思いでした。凄いビートルズファンではなかったのですが・・・曲を聞きに行くという感じでした。レコードコンサートに映像が付いているようなものでストーリーは二の次でしたし、話はわかりずらくてよく覚えていませんがLSDとかで酔ったような画面だった記憶があります。
オカピー
2007年07月19日 02:39
fujisanさん、初めまして。
コメント、有難うございます。

ちょっと遅れたビートルズ世代でして、最初に記憶にあるビートルズの曲が「ヘイ・ジュード」ですので、これより1年後です。
生まれるのが5年がところ遅かった感じが致しております。

事実上ストーリーはないようなものですが、それほどLSDっぽくはないような気も致します。こういう映像に慣れてしまったのでしょうかね。^^;

66年にコンサートを止めた後ですから、その興奮は凄かったでしょうね。想像もできません。羨ましいような気が致します。
2007年07月28日 12:11
 オカピーさん、こんにちは。
 最初の写真は『フール・オン・ザ・ヒル』を歌うポールですね。ジョン・レノンを崇める人が多いので、敵役にされてしまうことの多かったポールですが、ジョンの絶頂期は『ア・ハード・デイズ・ナイト』であるのは明らかだと思います。
 『ヘルプ!』以降は完全にポールのバンドであり、世間に広く知られるナンバーのほとんどはポールの手による作品ばかりです。エプスタイン死後、彼の強すぎるリーダーシップに嫌気がさしたジョン達がビートルズを離れていった(事実としてはポール脱退が一番最初でした)のは残念ではありますが、音楽性ではポールの才能は他の三人を圧倒していたのもまた事実でしょう。
 作品についていうと、このマジカルは完全に失敗したのは明らかでした。なんせBBCの最初の放送がモノクロではあの世界観は全く伝わりませんし、二番煎じでカラーで再放送されても、インパクトは望めない。不幸な作品かもしれません。
 後期の映画は『レット・イット・ビー』も含め、どうも観終わった後の幸福感がありませんでした。ではまた。
オカピー
2007年07月28日 20:28
用心棒さん

>ジョンVSポール
概ねそういう風に理解できますね。
後期のジョンにも数々の名曲はあります(個人的には「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」などがお気に入り)が、人口に膾炙する曲は圧倒的にポールの手によるものですね。

「マジカル・ミステリー・ツアー」は出たとこ勝負だったので、いかにこの手の作品を見慣れた現代人が観ても楽しめる作品とは言えないわけで、モノクロ放映は問題外ですが、それを差し引いても独善にすぎませんよね。元来劇場用に作ったようですが、それに堪えないとされたのもむべなるかな。

実写ではないですが、「イエロー・サブマリン」は良いと思いましたが。
2007年07月29日 01:05
 オカピーさん、こんばんは。
『イエロー・サブマリン』はアニメでありましたが、イメージであるアニメの方がより魅力的であり、実写の『マジカル・ミステリー・ツアー』『レット・イット・ビー』での現実の、そして現状の彼等より数倍のビートルズとしての魅力があったのは皮肉でした。
 ではまた。
オカピー
2007年07月30日 00:58
用心棒さん

「イエロー・サブマリン」のDVDが欲しいです。
しかし、アメリカ版LPの「マジカル・ミステリー・ツアー」は好きですよ。楽曲としては前作「サージェント・ペッパー」より優れたものが多いですね。
2007年07月30日 19:44
 オカピーさん、こんばんは。
 マジカルの楽曲はサージェント・ペパーよりも幻想的で詩的なものが多いですね。サウンド的にも『ベイビー・ユー・アー・ア・リッチ・マン』の新しさは二十年くらい先を行っていたのではないでしょうか。
 まとまった時の強さはペパーですが、一曲一曲はマジカルですね。シングル『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー/ペニー・レイン』のカップリングだけで、この時期の彼等のすべてを知ることが出来るような気がします。
 アルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』はキャピトル唯一のビートルズへの貢献でしょう。アメリカ盤の『ラバー・ソウル』や『リヴォルヴァー』を聴いた時は驚きましたが、いまでは良い思い出です。
 ハリウッド・ボール・ライヴもCD化して欲しいですね。ではまた。
オカピー
2007年07月31日 02:47
用心棒さん、こんばんは。

>まとまった時の強さ
「サージェント・ペパー」は、ロック史上初のトータル・アルバムと言われるほどですから、まとまりはありますよね。
同LP収録の「ラブリー・リタ」と「MMT」は演奏的に似ているところがありまして、なるほどこうして音楽は発展していくのだなあと妙に納得しました。

いわゆるビートルズ前期までは、世界各国でばらばらだったんですよね。ジャケットは同じでも中身はばらばら、日本人が最初に聞いたビートルズのLPは「プリーズ・プリーズ・ミー」ではなく、日本オリジナルの「ミート・ザ・ビートルズ」でした。表紙は「ウィズ・ザ・ビートルズ」で、中身はオリジナル第1作と第2作の折衷でした。
「プリーズ・プリーズ・ミー」がオリジナル・ジャケットで発売されたのは赤盤・青盤が発売された後だったはずです。

オリジナルが大事にされるようになったというのもビートルズの貢献ではないでしょうか。
蟷螂の斧
2020年01月09日 20:21
こんばんは。

現在用心棒さんのブログで「コンプリート・ビートルズ」の事を話題にしています。映画「マジカル・ミステリー・ツアー」について。彼らは偶然の出来事を映像にしようとした。「だが、残念ながら何も起こらなかった。」という部分が印象的です。

>物語はあってなきが如く、思い付いたままに進めているだけなので、一つの映像作品としては当時の評価は当たらずとも遠からず。

そうなんです。失敗だったと思います。でも、随分後になってから評価する人も増えた。それがビートルズなんです。

>江川によると、「大学時代に投げすぎで実質的に壊していた」から。

高3で阪急から指名。その時プロ入りすれば良かった。そう思います。

>プロで計測された数字は153km/hが最高
>大谷の160kmは平気で当てられるのとは大分違う

球速だけでは判断出来ません。
オカピー
2020年01月10日 23:03
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「コンプリート・ビートルズ」
ビートルズ紹介編だったでしょうか。
僕は「アンソロジー」をLDで持っていますが、輸入盤で当然日本語字幕がありません。英語は得意といえども、面倒臭くてなかなか観ませんね。

>高3で阪急から指名。その時プロ入りすれば良かった。そう思います。
これがなければ6年半余分にできたし、もしかしたら肩も壊さずに済み、250勝くらいはできたと思います。そういう意味えも実に勿体ないことをしましたよね。
 ただ、当時のパ・リーグは人気がなかった。阪急の後もクラウンライターでペケで、次が阪神。そこで江川本人の知らないところえ変なことが起きたわけですが。

>球速だけでは判断出来ません。
しかし、当時の153km/hというのは現在の160Km以上に相当するでしょう。当時この球速を公式に計測したのは他に小松だけですから。
 速い球を当てる技術も今ほどはなかったでしょう。とは言え、江川は小松より直球で遥かに多く空振りを取れましたし、現在の日本代表クラスをもってしても江川の直球は空振りするでしょう。あくまで全盛期の話ですが。
蟷螂の斧
2020年01月11日 10:10
こんにちは。

>「ユア・マザー・シュッド・ノウ」

アナログ盤の頃はステレオで聞くと音が右に行ったり、左に行ったり・・・。それが却って楽しめました。

>四人が白いタキシードを着て階段から降りて来るのが素敵

ジョージ・ハリスンのジョン・レノンに対する追悼歌「All Those Years Ago」のPVで、その場面が使われていました。イメージに合ってました。

>もしかしたら肩も壊さずに済み、250勝くらいはできたと思います。

同感です!江川は阪急に入るべきでした。

>江川は小松より直球で遥かに多く空振りを取れました

オールスターの8人連続三振を思い出します。夏の球宴にピッタリの場面でした。
オカピー
2020年01月11日 22:49
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>アナログ盤の頃はステレオで聞くと音が右に行ったり、左に行ったり

「サージェント・ペパーズ」から「アビイ・ロード」にかけてそういう曲がありました。中でも「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が印象的ですね。そういう遊びが割合少なかったのは「ホワイト・アルバム」。
 先日「アビイ・ロード」の50周年盤を買ったところ、「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」でのヴォーカルが右から左へ移動する遊び(中盤転調する部分out of collegeから)がなくなり、完全にセンター一本でした。しかし、遊びを取り去ってしまうと意味がなくなってしまう「ハー・マジェスティ」はそのまま(右から左へヴォーカルへ移動)。ジョージ・マーティンの息子もさすがにそれは解っていましたよ。

「サージェント・ペパーズ」の50周年盤も買いましたが、当然「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のヴォーカルもセンターに統一。その結果、この曲の本来持つ素晴らしさが際立つような気がしましたね。オリジナルの遊びも捨てたがたいですが。


>オールスターの8人連続三振を思い出します。

最後の一人が近鉄の大石で、大石のタイプから言って直球で有れば空振りの可能性があったものをカーブを投げて当てられ、江夏に並べなかった。
 調べてみると、入団6年目の1984年ですから少し球威が落ちていた時代の筈ですが、本気で投げればまだ空振りを取れたということですね。相手も当てに来ないとは言え、そう簡単にできる芸当ではなかった。
蟷螂の斧
2020年01月12日 17:06
こんにちは。

>中でも「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が印象的ですね。

オカピー教授も用心棒さんと同じで、とても詳しいですねー!

>「フール・オン・ザ・ヒル」

終盤でヒュルルル・・・と言う音が右から左(あれ?逆かな?)に流れるのもヘッドフォンで初めて聴いた時は驚きました。
また、この曲はNHK「ビートルズ その時代」でエプスタイン死去の話の時に聞いた曲でもあります。

>「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」

ブートレグだと、オーケストラの部分でカウントする声が聞こえます。

>大石のタイプから言って直球で有れば空振りの可能性があった

江川が「大石に振り逃げをさせれば記録上は三振。そして次の打者に三振させれば10人連続三振になった。」とコメントしたそうですが、果たして・・・?
オカピー
2020年01月12日 23:07
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>オカピー教授も用心棒さんと同じで、とても詳しいですねー!
いやいや、用心棒さんにも蟷螂の斧さんにも敵いません。専ら聴くだけです。

>ヘッドフォンで初めて聴いた時は驚きました。
ヘッドフォンで聴かないと解らないということはありますね。具体的には思い出せませんが(笑)。
 スピーカーを通すのと楽器のバランスが変わり、曲によっては印象が変わるケースも。

>ブートレグだと、オーケストラの部分でカウントする声が聞こえます。
「アンソロジー」でも入っていたように思います。

>江川が「大石に振り逃げをさせれば記録上は三振。そして次の打者に三振
>させれば10人連続三振になった。」とコメントしたそうです

オールスターでは9奪三振が最高なので、江夏を抜くにはそれしかないということですね。大石のように当てるタイプの打者には直球のほうが良かったのですがねえ。
浅野佑都
2020年01月13日 17:46
 僕は、今世紀になってから、甲子園で150キロ以上で投げる投手が雨後の筍のように続出しているのは、体力の向上やトレーニングの進化などが原因ではなく、単にスピードガンの性能が進化しただけだとにらんでいます。

ロッテの村田は150キロ出たけれど、僕はそれほど速いとは思わなかったし、解説の青田さんの話では、堀内や江夏はもっと速かったと・・。
彼らの全盛時は昭和40年代前半で、僕もよく覚えてはいませんが、堀内が新人時代に、朝日新聞社が光電式の速度計で155キロを測定していることからしても、昔から速い投手はいた、というのが実際ではないでしょうか・・。
物を投げるというのは非常に原始的な動作であり、打撃のように技術的な要素が入る余地は少ないでしょうし・・。
 
>江川の直球

大リーグで江川との比較で面白いのは、ヤンキースの抑えのリベラではないでしょうか?
どちらも流れるような美しいフォームで、打者の当てられないボール(リベラはカッター)を投げる!
もし、江川がクローザーに転向していたらきっと凄い記録を残したのでは?

江川のアベレージが145,6キロで、MAX153キロでしたか・・。
数字だけですと、今ではさほど目を引くものではないですね・・。
最新の映像分析だと、江川のストレートは164キロ出ていた、というのもあるようですが、どうですかね?

僕は、江川の球は、初速では大谷みたいなスピードは出てないのでは、と思います。
オールスルターで対戦した阪急の蓑田も、「初速はそうでもないが、手元の伸びがすごい!」と・・。

引力には逆らえないので手元で加速するわけないのですから、打者の予測したホーム上を通過するスピードの想定外だった、ということでしょう!

プロ入り直後と比べてもオールスターの頃は、すでに衰えていたと思われますが、8連続三振をユーチューブで見ると、直球で三振を奪っているのは、一発のあるブーマー、落合、クルーズの3人のみでして、残りはすべてカーブで三振!

落合、ブーマーの三冠王組と、怖い外人のクルーズにはギアを上げて投球してるのがわかります。
クルーズなんて完全にいわゆる「着払い」のスイングでして、球がキャッチャーのミットに吸い込まれてからバットを振っていますしね(笑)

>大石を振り逃げさせて次の打者を三振

これは、江川が三味線を弾いたんじゃないかと僕は思いますねぇ(笑)彼はサーヴィス精神からよく冗談を言いますからね!
振り逃げさせるにしては、あまりにもストライクゾーンに入りすぎていて、だから大石に当てられてしまった。
ま、軽く見ていたんでしょうが、大石も必死でスクイズ気味に当てにいってますから・・。
今の若いファンなら、「空気読めよ!」と怒るでしょうね(笑)

オカピー
2020年01月13日 22:50
浅野佑都さん、こんにちは。

>単にスピードガンの性能が進化しただけだとにらんでいます。
新鮮な着眼点です。球場によってもかなり違うという噂があり、神宮球場は相当速く出ますね。ヤクルトの投手が他球場へ行くとスピード・ガン(の好記録)が出ない。
 また、江川曰く、自分が狙って投げていた高めは角度がつかないため実は速いスピード・ガン表示が出にくい。これが正しいとすると、評論家の多くが言う“低めでこの数字は凄い”といった発言は嘘ということになります。

>江川がクローザーに転向していたらきっと凄い記録を残したのでは?
そうでしょうね。
 そもそも江川は、下位打者や重要ではない場面では手を抜いたのに対し、抑えであれば常に100%ですからね。先発して9回に150kmを投げられた投手はあの時代には入団当初の江川の他にいなかった。

>江川のアベレージが145,6キロで、MAX153キロでしたか・・。
平均はそんなところでしょうか。江川のマックスは各サイトでは150とか151とかになっていると思いますが、僕は実際に153kmを見ていますからね。

>「初速はそうでもないが、手元の伸びがすごい!」
これは江川自身が言うように、1秒間の回転数が平均的な投手より6~7ほど多いからでしょう。大谷は2200/分だそうですが、江川は恐らく最高と言われる2700/分(阪神の藤川の全盛期がこれ)くらいと思います。
 それにより終速が速くなり、全盛期の江川は初速と5kmくらいしか違わず、通常の10kmより断然速いことになります。
 多分江川の終速145(初速150)Kmは、大谷の終速150(初速160)kmより打ちにくいと思います。浅野さんの仰る、“打者の予測したホーム上を通過するスピードの想定外だった”ということです。

>これは、江川が三味線を弾いたんじゃないかと僕は思いますねぇ(笑)
記者が喜びそうなことを言うわけですね!
浅野佑都
2020年01月14日 11:58
>評論家が言う「低めでこの数字は凄い」は嘘

そう思いますね・・。大谷の165キロも低めで出した数字でした。やはり江川は理論家だな。

>大谷は2200/分だそうですが、江川は恐らく最高と言われる2700/分

なるほどボールの回転数の多さ=スピンが強くかかる→空気抵抗が減らされた分揚力が生じ、ボールがホップして見えるというわけですね・。
藤川の全盛時に、巨人のクルーンの160キロはバットに当たるが藤川の150キロはかすりもしない、と言われたのも江川の時と似ていますね。

>江川の直球の初速と終息の差は5キロで他の投手は10キロ程度
うむ、これは頷けます。文藝春秋の雑誌「ナンバー」の二宮清純氏が、江川の甲子園デビュー戦(優勝候補でもあった対大阪北陽で19三振)の投球を、推定150キロ代半ば、と言っているのと合致しますね・。スピードガンの終速掲示で、147キロなら初速152キロ。

ただ、その年の夏の甲子園での江川は、あまり速くなかった印象ですので、蟷螂の斧さんが書かれた、「コーチが代わって走り込みを減らした」というのが理由かもしれませんね・・。

去年大リーグで、右ひじ手術後に投手に専念しながらも、前年以下の数字に終わった大谷ですが、落ちた理由は研究されたというよりも、彼は2015年ころに比べて制球がよくなって、かえって打者は的を絞りやすいからではないかと推察しますね・。
当時の大谷は、155キロの直球が荒れ気味に(キャッチャーミットとは反対方向に)散らされ、その合間に140代後半のフォークボールですからね!日本の打者で打つのは難しかったでしょう・・。

よく、大谷は棒球だから・・と、ご高説を垂れる野球評論家がいますが、あれほどのボールが棒球なわけがないですし、投手の良さを決めるのは単に球の速さでも球質でも、ボールの回転数でもない・・。
自己の欠点を逆手にとって、長所にさえ変える適応力ではないでしょうか?
サイヤング賞投手など見ても、スピードだけならもっと速いのがいくらもいますからね。

 ところで、テレビをほとんど観ない僕ですが、仕事柄CMチェックはします。
最近、アイフルの大地真央の”愛があるんか?”シリーズが面白く、特にこの映画館編は、並みのCMプランナーなら女性お笑いタレントを使ってしまうところを、和製ドヌーブともいえる大地真央を起用し、本気でパロディにしているところが新しいといえます。

ジュヌヴィエーヴの黄色い衣装とヘアスタイルで限界突破の感(笑)もある大地真央をご高覧ください。
オカピー
2020年01月14日 22:37
浅野佑都さん、こんにちは。

>江川の甲子園デビュー戦(優勝候補でもあった対大阪北陽で19三振)
>その年の夏の甲子園での江川は、あまり速くなかった印象です

あの頃はカメラがバックネット側にあり、今と感覚が違いましたよね。だから、僕はその違いが解らなかった。うかつでした(笑)。

>当時の大谷

日本時代の大谷ですが、最初のプレミア12準決勝における韓国戦が恐らく生涯で一番素晴らしい投球だったと思います。余りに速く素晴らしかったので、韓国の監督が「大谷が凄かったので、次の則本が遅く見えて打ちやすかった」と言ったほど。あの時の則本も155km/hくらい(最高157km)出していたのですが。浅野さんの仰るように、良い投手とは、球速でもスピン量でもないことが解る現象と思います。

>アイフルの大地真央の”愛があるんか?”シリーズが面白く

二つ見ました。
 面白いですねえ。正統派のベテランにああいうことをさせるセンスと、それを引き受けた彼女が凄い。

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