映画評「新選組始末記」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1963年日本映画 監督・三隅研次
ネタバレあり

江戸時代末期の史実の映画化には余り興味がないものの、ご贔屓三隅研次が監督なので観てみたが、最初から唸った。

藤村志保が画面外の男に話し掛ける。絵はそのままで男の声が入り、続いて回想シーンとなる。一旦話が終ると、今度はその男即ち市川雷蔵扮する浪人・山崎蒸を映し、回想の続きが始まり、その後(灯りに火を入れるという形で)溶明して対座する二人を初めて映す。
 回想形式は多いが、一種のマッチカットを絡めるなどしてこれほど複雑で凝ったものは余りない。ビューティフルである。以前このような形式を観た記憶があるが、恐らくこの作品の方が古いと思う。

画像

しかし、ここで圧倒されすぎて残り部分を些か醒めて観てしまったのも事実。ここからは様式よりドラマ的な興味が強くなるが、最初の回想で描かれた山崎が新撰組に入る経緯が前段として上手く機能している。
 山崎の心を動かした後(のち)の組長・近藤勇(城健三朗=若山富三郎)が最初の組長・芹沢鴨(田崎潤)の暗殺などを巡って虚像の正体を現すのだが、それでも山崎は新撰組に固執せざるを得ない。
 という物語を通して新撰組の実像をシニカルに描いているが、惜しい哉、終盤までその皮肉な色彩を押し通せない憾みがある。これは脚本の問題。

その一方で、有名な池田屋を山崎と新米隊士が見張る場面などは活劇的に面白く、ここではローアングル、ハイアングルを駆使したカメラワークの面白さが目立つ。僕が三隅監督に求めるのはこういう面白さなのだ。

言わずもがなだが、終盤の大立ち回りの切れ味と馬力も物凄い。

土方歳三(天知茂)、そちも悪よのう。

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この記事へのコメント

2007年06月29日 13:22
行燈に火を入れる寸前に、藤村志保の帯だけが闇の中に赤々と浮かび上がるのですよね~!
部屋が明るくなった瞬間、明暗を反転させて帯が影に沈む!
いや~たまげますよ、三隅のアイデアと美意識には!!!

撮らされだろうがプログラム・ピクチャだろうが関係ない。
誰もがよく知る「池田屋騒動」の映画化ですが、三隅が撮れば新撰組さえもどうでもよくなる(笑)
つまりは、映画そのものの表現としての美しさ、まさにそれに尽きてしまうという意味です。

私の場合、三隅作品は評価として★3つが多くなってしまうのですが、★勘定を越えた部分で、これぞのシーンがあるからやめられない。
結局・・・物語はどうでもよくて、凝った回想シーンを観られれば、それで大満足。映画って、実はそうしたものだよなあと、改めて思い至ったりします。
オカピー
2007年06月30日 03:11
優一郎さん

>行燈
全くその通りです。
もっと細かく画像でも示そうかなと思ったのですが、御覧になる方の楽しみを奪ってもいけないかなどと思って、そこまで詳細には書かなかったのです。この素晴らしい才能を私はほんの数年前まで認識していなかったんですよ。恥ずかしい次第。

その後の文章も全く同意見ですね。
私も☆☆☆~☆☆☆★くらいの評価になりますが、表現の素晴らしさからいえば☆☆☆☆を凌ぐものばかりです。
かと言って同時代の鈴木清順ほど物語の構築を無視しているわけではない。きちんと撮るべきところは撮っています。
清順が俄然良くなるのは、日活アクションを棄てようと本人が決意したと思われる65年くらいからですね。

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