映画評「二十四の瞳」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1954年日本映画 監督・木下恵介
ネタバレあり

原作となった壺井栄の同名小説は単独でも非常に価値の高いものであるが、人口に膾炙するようになったのはこの木下恵介監督の映画版によると言っても良いだろう。日本劇映画100年の歴史の中でも落とすことができない名作である。

昭和3年、瀬戸内海で二番目に大きい小豆島(香川県)の岬の分校に赴任した大石先生(高峰秀子)は、十二人の生徒を受け持つことになる。生徒たちは小柄ならので【小石先生】と仇名を付けて、馴染みやすい唱歌を教えてくれる女子(おなご)先生に親しみを覚えていく。

小豆島を捉えた開巻からスムーズに進行していく序盤では、おなご先生が当時珍しい洋装で自転車にまで乗っているので、村の人々は「ハイカラだ」と腰を抜かす一方で、生意気だというイメージが一人歩きしてしまうので先生は大弱り。洋服は古着の仕立て直しだし、自転車も月賦。しかし女子がそうしたものを買うこと自体が不遜と思われた封建的な時代、保守的な土地柄なのがこの序盤だけでよく解る。

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先生に怪我を負わせてしまった生徒たちが岬の反対側にある病院に先生を見舞いに行こうとする場面では、子供たちの純真が微笑ましく、先生と生徒たちの触れ合いに現在大いに問題になっている教育について改めて考えされられてしまう。

結局この怪我が元で先生は本校に転校になり、5年後高学年になった生徒たちは本校に通い始めて再びその教鞭に服するが、満州事変などで日本の経済が悪化、その影響による家庭の貧窮で学校に満足に通えない生徒も現れる。
 洒落たお弁当箱を欲しがった女生徒・松江が母親の急死で奉公に出、修学旅行で先生と再会する挿話は大いに涙を振り絞る。
 僕の母親も奉公で北海道や東京を転々とし、東京で終戦を迎えたと聞いている。母とこの少女が近い世代なので、とても他人事のような気分では観られなかった。

さらに8年後本格化した戦争が生徒たちや彼女の夫君を戦場に駆り出す。戦争が終った時生還した男子は失明したただ独り、先生は二人の男児を懸命に育てていく。

この後最終幕とでも言うべく同窓会の場面にはじーんとする。女子四人と男子一人のささやかな宴で、生徒たちは初老を迎えた先生に自転車を贈呈するのだ。
 この場面は、脚本家の朝間義隆が「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」でもじっていたが、その気持ちはよく解り、雨中その自転車を先生が漕いで行く幕切れが心に染みる。

感傷過多の嫌いはあるが、「七つの子」「浜辺の歌」「星の世界」などの唱歌を全編に使い、小豆島の風景を上手く取り込んで情感を盛り立てた木下監督の統合手腕が見事で、弱点とは捉えられない。

根幹で人間的な触れ合いを描きつつ、底流で人間の絆を引き裂く戦争を批判した内容も充実していて、触れ合いのそこはかとない描写の中に戦争への抗議が際立つのが本作の優れたところである。大石先生を演じた高峰秀子の好演も特筆しておきたい。

実は、彼女が初めて生徒たちの名前を読み上げる場面で早くも涙が出てきた。理由は自分でも解らない。
 戦後の生徒の返事は実にはきはきしている。民主主義時代到来の気分を反映しているのである。しかし、この時代にその民主主義が宗教という背骨を持たない日本人の道徳を破壊しつくすことになると予見できた人はそう多くはないだろう。

混沌の 2億4000万の 瞳より 輝けるかな 二十四の瞳

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この記事へのコメント

2007年06月10日 20:05
>オカピーさん、どうも。
>彼女が初めて生徒たちの名前を読み上げる場面で早くも涙が出てきた。理由は自分でも解らない。
とのことですが、映画でも読書でも、わたしもそんな経験をしたことがあります。
わたしはそういった経験が文化に触れることの大切な意味であるような気がします。
特に映画においては、涙を流すこと自体が目的にとなってしまう硬直したステレオ価値観が横行してしまいがちのことも多く、潜在の意識にまで働きかけてくる本物の感動は余程の素晴らしい演出によってしか経験できないことかもしれません。
わたしはオカピーさんのその感動に感動してしまいますよ。
では、また。
オカピー
2007年06月11日 02:29
トムさん、こんばんは。

木下恵介の類稀なる情緒性と風景描写の巧みさ。
ヒロインが自転車を駆る序盤の呼吸。
子供たちの輝く瞳。
そうしたものが相まって、得も言わぬ(言われぬ)エモーションを私から引き出したのでしょう。

viva jijiさんからは「男の更年期ではないか」とからかわれてしまいましたが、とにかく色々な場面で泣けてきますね。

>感動
私もそう思います。最近流行の<感動の場面>の5つのうち4つは涙も出やしない。そもそも感動なんて意図的に出来るものではないでしょう。良い作品、良い場面自体が感動を呼ぶのですから。

流行の【感動】は、私は【同情】の単なる感情移入に過ぎないと思っています。
2007年06月12日 03:03
こんばんは^^

この不朽の名作に対して、もしまだコメントが無かったなら「我こそは!」の気概で本日は伺いました(笑)
ところが、先客ありてちょっと拍子抜け&良かった良かった・・・の思い。

実を申せば、木下恵介は最も苦手意識の強い監督でして、あまり観ていないのですが・・・「日本の悲劇」は高く評価しており、今年になって「永遠の人」を初めて観て、その撮影の見事さに、いくらか見直した部分はございます。
しかし、本作は別格中の別格!
「日本劇映画100年の歴史の中でも落とすことができない名作」 の思いは、私も何ら変わりございません。

ご指摘の通り感傷過多の嫌いはあれど、本作はまさに和製サウンド・オブ・ミュージック。(いえ、あちらが西洋版二十四の瞳かな)
子供たちの無垢な愛らしさ、唱歌にこめられた和の情緒、小豆島の景観の見事さ、そしてデコ様の名演・・・
何もかもが素晴らしく、繰り返し鑑賞に堪える名作中の名作ですよね。
後に、私が贔屓にしている田中祐子でリメイクされましたが、オリジナルに到底及ばぬのも無理からぬところ。
2007年06月12日 03:04
>混沌の 2億4000万の 瞳より 輝けるかな 二十四の瞳

お見事でした!

(ということで、得意分野のウエスタンへ避難・・・(笑))
優一郎
2007年06月12日 03:07
ああ、ショック!^^;
「田中裕子」です~!
なんたることでしょう!(笑)
オカピー
2007年06月12日 15:11
優一郎さん、こんにちは。

ええ、恐らく優一郎さんのブログで拝見したコメントから、木下恵介辺りは苦手でいらっしゃると想像しておりました。図星でしたねえ(笑)。
しかし、木下恵介と言えば保守的なイメージがありますが、必ずしもそんなことはないです。特に新人時代から50年代半ばにかけてかなり実験もしています。「女」とか「カルメン」シリーズとか。山田洋次も実はかなりの実験家でして、イメージは怖いですね。

しかし、この作品に対する評価が高いのは嬉しいです。完成度が高いですから。
原作の文字をそのままスクリーンに映し出すというのも木下流の演出ですね。この辺りも面白く、「放浪記」で成瀬巳喜男が踏襲していました。
高峰秀子はご贔屓でしてね、実は。

田中裕子でリメイクしたのは、朝間義隆ですね。この人、相当「二十四の瞳」に入れ込んでいます。あるいは「男はつらいよ」でさくらが自転車に乗る場面が目立つのは彼が脚本に加わってから?

優一郎さんもお疲れ。お好きな田中裕子の文字を間違えるようでは(笑)。

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