映画評「西部戦線異状なし」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1930年アメリカ映画 監督ルイス・マイルストン
ネタバレあり

実は本作が生涯のベスト1映画である。
 最初に観たのは中学三年の時で、印象深い場面ばかりで筆舌に尽くし難い感動を覚えたが、その後繰り返し観てもいつも感服している。エリッヒ・マリア・レマルクの原作も読んだが、戦闘場面など経験のないものについては想像力に限界があるだけに、映画版の衝撃には及ばない。

第一次大戦の始まったばかりの1914年ドイツの田舎町、16歳くらいの少年パウル(リュー・エアーズ)が教師に扇動され学友たちと共に応召する。厳しい訓練も前線の凄まじさとは比ぶべくもなく、気が変になる者も出て来る。

開巻10分間のカメラワークが我々を圧倒する。
 男女二人が掃除をしている学校のドアが開いてカメラは外に出て出征する兵隊と見送る人々で賑わう街をぐるりとした後教師を捉えたミディアムショットがズームアウトしてロングになり、教室の外に出征する兵隊と教室とが同じフレームに入る。その後ヒトラーのアジテーションを思わせる教師に唆された生徒たちが「入隊しよう」と大騒ぎする教室と兵隊たちが再び重なる。
 滑らかで流れるような編集というだけでなく、学生の運命を暗示する鬼気迫る場面である。

もう一つ、開巻直後に登場する人気者の郵便配達夫が訓練係の鬼軍曹として現れる瞬間もゾッとする。戦争は人間を変えるのだ。

ここから前線での激しい戦闘場面が暫く繰り広げられるが、原始的な機関銃の圧倒的な猛攻、銃剣を持って駆ける人海戦術的突撃シーン、塹壕での白兵戦等々、戦場での非情を連続的に描き、それはそれは凄まじい。ロー・ポジションのカメラを大々的に活用して構成された戦闘場面の激しさは勿論後半の主題へと繋がる布石である。

戦友の一人が足を失ったのに「足の指先が痛い」と話すのは医学的にも証明されている事実だが当時はそんなことも知らずに心を揺り動かされ、彼がもがいている横で悪友がそのブーツを欲しいと話す配慮のなさに怒り心頭に発した記憶もある。
 この中盤ではパウルが自ら刺殺したフランス兵の家族写真を見て「必ず家族に連絡する」と誓う場面も中学時代ひどく感銘を覚えた一つ。鮮烈だった。

今回は戦闘の合間パブで女性への憧れを戦友二人が語る場面に注目した。スクリーン左に男女二人を描いたポスター、右に鏡に映りこんだ二人の姿。鏡を利用してポスターとそれを見る二人を同時に正面から捉えその憧れを的確に表現した秀逸な場面で、こういうテクニックは中学生ではなかなか気が付かない。

やがて、怪我の癒えたパウルが休暇で帰郷、学校へ行った時に例のアジ教師に請われても美談や武勲など話せるはずもなく、生徒たちに「臆病者」とやじられる。
 ここは空しさにやりきれなくなった思い出深い場面。徹底した前半の戦闘描写があるからこの場面における彼の台詞に真実味が生れるのである。「誰も真相を知らないのだ」と後輩に話しかけ、うんざりしたように戦場へ戻る。

食料調達係の戦友カチンスキー(ルイ・ウォルハイム)と再会した歓びを味わう間もなく爆撃を受け、負傷した彼を肩に背負って歩き出した後第二撃の破片を頭に受けて彼は戦死するが、気付かないパウルがそのまま話し続け、基地に到着して呆然とする、という終盤の場面にも打ち震えたものである。

そして高名なラスト・シーン・・・蝶を採ろうとして伸ばした手が、敵の銃声と共にカクンとなる幕切れを迎える(しかし、当日の戦況報告は<西部戦線異状なし>)。
 括弧内の言葉は今回の放映版にはなく、原作からの借用。いずれにしても、国にとって我らが主人公の死など勿論ものの数ではなく、個人など歯車の価値すらもないのだ。

僕は反戦映画に心を揺さ振られることが多いが、映画史でも屈指の名場面が次々と繰り広げられる本作が与えた衝撃を超えるものはない。ハリウッドがドイツ人を純然たる主人公に映画を作ったことにも驚かされた。この映画のテーマは戦場の現実・非情さであり、国名など関係ないのである。

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この記事へのコメント

トム(Tom5k)
2007年03月14日 00:17
オカピーさん、こんばんは。
わたしは、小学生の高学年か中学生のときに観たきりですが、強烈に印象に残っています。>人気者の郵便配達夫が訓練係の鬼軍曹>戦友の一人が足を失ったのに「足の指先が痛い」>自ら刺殺したフランス兵の家族写真を見て「必ず家族に連絡する」>パウルが休暇で帰郷・・・生徒たちに「臆病者」>そして、ラスト・シーン・・・
何故かはっきり覚えているものばかり、余程、強烈だっったんだと思います。そういえば、父親が原作を読んでいましたよ。
それにしても、数ある映画で、オカピーさんの生涯のベスト1とは凄い。確かに充分にその価値がある作品だと思います。
しかし、このような素晴らしい作品をもってしても第二次大戦を食い止めることはできなかった映画という大衆のための文化・芸術。映像文化の前向きな改善課題はその辺りにあるのではないでしょうか?ゴダール監督も、その辺りをいつも嘆いているようです。
本当にひと一人の命の重さは地球より重いはずなんですが・・・。
では、また。
オカピー
2007年03月14日 03:22
トムさん、こんばんは。

全てが名シーンと言うべきですが、今回は特に序盤のカメラワークに圧倒されました。サイレント時代から映画を撮っている人はこういうところが違います。

今まで幾つかの版を観ていますが、今回は最長らしい135分の<完全版>。
短い版を先に観ているので、もう少し詰められるシーンもあるかなと感じないこともないのですが、全ての場面が有機的に繋がっていると感服致しました。

フランス娘との一夜、パブでの女性への憧れへ吐露。これは勿論平和への希求を象徴するものでもありましょう。主人公の蝶コレクターという趣味。
その布石を踏んだ上で、蝶を採ろうと手を伸ばそうとするその平和な空気が一発の銃声により破られる。見事な構成、幕切れではありませんか。
(続く)
オカピー
2007年03月14日 03:26
初めて戦場へ駆り出される若者たちが自分らを連れてきたトラックに未練を残して次々と振り返る場面が、大地に立てられた無数の十字架とオーヴァーラップして終了します。
これを涙なしに見ることが出来ましょうか。

>しかし、このような素晴らしい作品をもってしても第二次大戦を食い止めることはできなかった

全く。私のレビュー・スタイルに合わないので本分で書きませんでしたが、正にそういう思いです。

いつかコメントで「戦争は嫌だなあ」と書いたら、「気持悪い左翼」と書かれましたよ。個人的にどうのこうのではなく、二元的にしか物事を考えられない余りに次元の低い投稿だったので即削除いたしましたが、本作のパウルが生徒に言うように、彼は「戦争の何を知っている」のでしょうか。
トム(Tom5k)
2007年03月14日 23:20
>サイレント時代から映画を撮っている人
これは、トーキー世代の敗北としか言いようがないですよ。トーキー以後の世代がいくら天才でも、無声時代の表現力を身につけた演出や編集に勝てるわけがない。
>全ての場面が有機的に繋がっていると
ここが、映画というものの本質でしょうね。
実像を見せながら、それは幻影でしかない、フレームの枠内なのに表現されるものは宇宙以上・・・
確かに存在しているようで、時間と記憶しか拠り所のない芸術、だからこそ一瞬のショットも無駄にできないのだと思います。
>気持悪い左翼
平和を希求することに、右翼も、左翼も、気持ち悪いも、気持ちいいも、無い。
殺人にエクスタシー(=気持ちいい)を感じるから、それは肯定されると言っているのと同じです。
トム(Tom5k)
2007年03月14日 23:24
>続き
確かに平和への希求が、エクスタシーに繋がらない(=気持ち悪い)こともあるでしょう。
わたしは、右翼の平和主義者も知っていますし、クラウゼッツの戦争論にかぶれている左翼も知っています。
気持ち悪い(右翼でも左翼でも)平和主義者もたくさんいるでしょう。戦争にエクスタシーを感じる変質者(右翼でも左翼でも)もいましょうし、いたしかたなく、戦争肯定の選択をせざるを得ない苦渋の、しかし立派な政治家(右派でも左派でも)もいましょう。
いずれにしても、一面的な感覚のみで「人を殺す行為」への言動にはもっと慎重になってもらいたいものです。
では、また。
オカピー
2007年03月15日 15:49
トムさん、こんばんは。

思想・信条的な話になりますが、トムさんの仰るとおりです。A級戦犯においても戦争をしたくて行った人間など限定的でしょう。人間も世界も右だ左だ善だ悪だそんな単純に割り切れるものではありません。先日見た「クラッシュ」という作品の主題はその指摘でした。

私の日頃の主張は「国民が国の為にあるのではなく、国が国民の為にある」ということで、森政権以降はどうもそれが逆になっているのではないかと思いますが、それはともかく、
「国は国民を守る為にある」という措辞は既に驕りであると思います。そもそも人間に所有欲がなければ家の境界も国境も要らない。「国家がなければどうだろう」と歌ったジョン・レノンを愚か者と糾弾したナショナリストは、人間の所有欲が国境を作ったことに気付かない。
レノンはImagine no posessions...と歌っているではないですか。その前提においては、国家など無用なことは自明。だから夢みたいなことだが、と言った上で所有欲がない人間を想定して平和を希求したわけです。
(続く)
オカピー
2007年03月15日 15:50
喧嘩も戦争も<所有>に絡まないものはないでしょう。
男女間の痴話喧嘩も、国家間の戦争も結局所有していたいものを守る、若しくは所有したいものを奪う、それが原因でありましょう。
Imagine no possesions...
possessionsは財産という意味ですが、私は所有欲と訳しています。
トム(Tom5k)
2007年03月16日 01:31
オカピーさん
つい取り乱してしまい、恥ずかしく思っていたところです。
>右だ左だ善だ悪だそんな単純に割り切れるものではありません。
まったくです。わたしも新渡戸稲造の『武士道』は愛読書ですし、三島由紀夫も好きで、松下幸之助の本もよんでいました。
が、吉本隆明や大江健三郎、ジャック・ロンドンやテネシー・ウィリアムズも好きです。
>人間の所有欲が国境・・・
ふ~む。考え込んじゃいますね。
ただ、宇宙からの地球の写真を見ると国境線が写っていないことだけは、確かですよね。
では、また。
オカピー
2007年03月16日 02:55
トムさん、こんばんは。

自由主義の国に生きるものはそれで良いと思います。
というよりは、芸術を評価するには、極論すれば無思想・不信心の立場が必要であるとさえ思いますね。それは言い過ぎとしても、客観的になれる自信がないのであれば中立であることが肝要ですよね。

>>人間の所有欲が国境・・・
>ふ~む。考え込んじゃいますね。
アナーキストではないですが、ガス田開発問題を見ても国境が所有権をアピールしているわけです。いやだいやだ(タコ社長風に)。

私の主義は何かと敢えて言えば、egoistでしょう。自分の愛する者や物を失うこと、文化が失われること、好きな芸術が楽しめなくなることが嫌なのです。それが一度にやってくる可能性のある戦争をどうして肯定できるでしょう? いわんや、自分以外の少なからぬ人々がそう思っている以上。
トム(Tom5k)
2007年03月18日 00:36
オカピーさん、どうも。
>自分以外の少なからぬ人々
普通に考えれば、ほとんどの全人類の共通の感覚ではないでしょうか?イラク戦争のときの世界的なデモンストレーションを見てそう思いました。

ところで、さきほど、NHK教育「ETV特集」で今村昌平の特集をやっていましたね。
では、また。
オカピー
2007年03月18日 03:02
トムさん、こんばんは。

しかし、イスラエルとパレスチナの間にいつまで経っても溝があるのは、結局両者とも弱いのですよね。人間の弱さ。
その弱さを克服する為に宗教が半ばあるのではないかとも思いますが、今度は宗派で対立して殺し合う。三代宗教の中で、宗派同士が大きな対立に発展したことがないのは仏教だけですよね? やはり仏教の自然体がそのような効果があるのでしょうか。

今村昌平の特集はHDDに録りました。後日観ます。
今年は彼の作品を何本か見直したいと思っているのですが、雑食ですからなかなか観られないで困っております。
ぶーすか
2008年03月09日 14:06
TBとコメント有難うございます。
<ハリウッドがドイツ人を純然たる主人公に映画を作った
私もこれはちょっと驚きでした。でもナチス前の戦争だから、ありなのか?とも思えました…。
<戦争は人間を変える
郵便配達夫の豹変ぶりには唖然とさせられました。こういう描写も上手い!そして主人公は絶対に死なないものと思っていただけに、ラストは衝撃でした。

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