映画評「ジャコ万と鉄」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1949年日本映画 監督・谷口千吉
ネタバレあり

2001年映画鑑賞メモより。

昨日の「銀嶺の果て」とほぼ同じスタッフで作られているダイナミックなドラマ。脚本に谷口千吉監督自身が加わっているのが違うだけ。しかし、そのせいか通常の黒澤明的でない部分もある。役者の顔ぶれのせいかもしれない。

北の漁場に隻眼の暴れん坊のジャコ万(月形龍之介)が流れ込んで無法の限りを尽くすが、網元(進藤英太郎)は弱みを握られている為手出しが出来ない。そこへ死んだと思われていた網元の長男・鉄(三船敏郎)が帰ってきて激しいにらみ合いが続く。

ジャコ万を追いまわすアイヌ女(浜田百合子)が網元に「ジャコ万という男を知らないか」と話し掛ける序盤から話術が快調で、彼女は狂言回しの役目を負っている。

鉄は教会でオルガンを弾く美少女(久我美子)をマドンナにしている。これは黒澤的なロマンチシズムの発露であるが、当然二人は結びつくような立場ではない。ジャコ万を上手く丸め込み、出稼ぎ漁夫と親父の間を仲裁した彼は再び家を後にするのである。
 鉄は流れ者ではないが、どこか「シェーン」的で、全体的にも西部劇と共通する匂いがする。時間が経つと味わいが増すタイプの作品と言うべし。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2007年01月18日 15:56
 オカピーさん、こんにちは。
 この作品の何が凄いと言えば、漁師の内輪話だけで長編が制作できたという当時の大量の作品数を必要とした映画会社の興行環境とこの題材でこれだけ荒々しい作品に仕上げたスタッフの力量でした。男くさいが何故か美しさが同居した作品に思えました。結構好きな映画です。
 ではまた。
オカピー
2007年01月19日 03:23
 用心棒さん、こんばんは。
 当時の邦画はごく一部の傑作を除いてかなり同時代の洋画に比べて評価が低いのですが、実際観て見るとなかなか面白く、しっかりしたものが多いですよね。それだけ当時の洋画のレベルが高かった。
 もう一つはシンプルな作品のもつ強さがあるでしょう。現在の作品は時系列をいじりまくり、CGに逃げ、はったりとまやかしばかりで、正攻法で勝負できる監督が余りにも少ない。最近評判が芳しくないですが、その意味でスピルバーグは素晴らしい。ロン・ハワードは正攻法ですが、まだ映画作家というほどの個性を作れていません。
 翻ってわが国を見ますと、人気のある監督は話術が上手くない。山田洋次は別にしても、平山秀幸や澤井信一郎など話術の長けた人の評価が余りにも低い。こうなると観るほうの目が問題のようです。
2007年01月19日 20:16
 オカピーさん、こんばんは。
>話術 
 映像文法のことですよね。たしかに画で語る能力を持つ映画人を映画作家というべきであって、ストーリーだけとか無茶な繋ぎ方をしているのに何が無茶だか分かっていないような人もいますね。またそんな人が何故か持て囃される不思議さに戸惑います。
 台詞とこじんまりした日常を見せるもの、もしくは異常な過激さを持つ作品ばかりが話題になるが、中身を伴わないものが邦画に圧倒的に多い。 ハリウッドもしかりで、経済優先という締め付けが強いためにどれも金太郎飴になりつつある。
 目に沁みる活動写真が観たい。となると結局はクラシックです。
ではまた。
オカピー
2007年01月20日 15:00
 用心棒さん、コメント有難うございます。

 その通り、映画文法のことです。
 ご指摘の通りで、金太郎飴状態が全世界的に広まっています。昔は撮影を見るだけでどこの映画かすぐに解ったものですが、最近はなかなか難しい。
 昨日家族と一緒に「忍 SHINOBI」を観たのですが、中国映画でも韓国映画と言えばそう見ることができてしまう。最近はハリウッドでもこういう感覚が流入しているので、アジア人が作ったハリウッド映画と言っても通ってしまう感じがあるほどですね。
 これは決して良いことではないと思います。

この記事へのトラックバック

  • 『ジャコ萬と鉄』

    Excerpt:  「おめぇ、そんなにジャコ萬に惚れてんのか。」  「ふん!・・・・・首っ丈さ!」   1964年作品/邦画  監督■深作欣二... Weblog: 写真よ 静かに笑え racked: 2007-07-18 08:34