映画評「カミュなんて知らない」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2005年日本映画 監督・柳町光男
ネタバレあり

柳町光男は20年ほど前にかなり騒がれた映画作家であるが、僕は「火まつり」以来20年観ていない。実際彼は長い間映画を作っていなかったらしく、本作は「愛について、東京」以来10年ぶりの劇映画である。

舞台は東京大学ならぬ東教大学、教授・本田博太郎の指導の下、監督を任される柏原収史を筆頭に助監督の前田愛など学生たちが、実際に起きた老婦人殺人事件をベースに不条理殺人をテーマにした映画「タイクツな殺人者」を製作している。

これを縦糸に、二組の男女が思慕に苦悩する話を横糸に映画は進展するのだが、まず学生たちの映画を作る模様を描いたのが新鮮である。

学生ではないプロの映画製作を巡る苦労話は幾つも映画になっているが、やはりフランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」がもっともストレートに扱った名作と言って良い。ここでトリュフォーを出したのは多少意図的。
 というのは、学生監督の恋人・吉川ひなのが彼を追いかける様はトリュフォーの「アデルの恋の物語」を思わせ、映画の中で彼女はアデルと呼ばれるからである。

本田博太郎の演ずる初老の教授は長い間映画を作っていない映画監督という設定で、柳町監督自身を反映していることが伺われるが、こちらは女子学生・黒木メイサに惹かれ追い回した挙句に彼女が結婚していることを知って悶絶する、まるでルキノ・ヴィスコンティ「ベニスに死す」のアッシェンバッハのように。

柳町監督が「アデル」「ベニス」にどのような想いを抱いているか定かではないが、恐らくオマージュの意味もあるのであろう。二作とも好きな作品なので、それだけでご機嫌になってしまった。

開巻直後に彼らは溝口健二といった長廻しの名人の名前を挙げるなどマニアックな映画ファンでなければ楽しめない楽屋落ち的な部分が多いわけだが、その場面自体が長廻しになっているのが映画マニアをニヤッとさせる。
 また、柳町監督は昔からそうだったか記憶にないが、音声が同時録音らしいのは映画の中でしばしば語られるジャン=リュック・ゴダールを意識したものかもしれない。

そうした部分とは別に映画的に純粋に素晴らしいのは、負傷した柏原君に代って監督に昇格した前田君が進める撮影場面が実際の場面と巧みに交錯する殺害シーン。実際の場面と言っても完成した映画の場面と見なしても良いのだが、魅力的なカットバックであった。

主人公の少年が殺人を犯した心境を「実験」と表現したように映画の登場人物が様々な「実験」を繰り広げる<文学的なテーマ>も面白く描かれている。
 不条理殺人ということでヴィスコンティも取り上げたカミュの「異邦人」を忘れていないのが嬉しい。タイトルになっているので忘れていないどころではないが。

全般的に彼の芸術への拘りとお遊び感覚がないまぜになった印象がある。「8・1/2」のフェデリコ・フェリーニ、「アメリカの夜」のトリュフォー、「スターダスト・メモリー」のウッディー・アレンに近い心境になったということであろうか。

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この記事へのコメント

現象
2007年01月22日 20:07
「邦画は見ないから」とか「ミニシアター系しか見ないの」とか言ってる人を冷笑しながらも、映画オタクもしくはシネフィルには遠い程度の映画好きである僕には、劇中に登場する名作がせいぜい名前を知ってるぐらいで、その関連性が浅はかなものになってしまいました。なにぶん鬱々とした青春時代を過ごしたので、満ち足りてる学生を見るとヒガミの目で見てしまいます。柳町監督は長い間、何をしてたんですかね。そういえば今日は同じく10年ぶりくらいにメガホンをとった周防監督の新作を見てきたんですが、本田博太郎がまた怪演してました。
オカピー
2007年01月23日 00:57
現象さん、ようこそ。
私はテストでも見事に証明されたように左脳タイプらしく、作る才能はないので観ることに徹しております。それも当然のように理論的に。
本作で語られた映画は全て観ておりますが、やはり「アデル」と「ベニス」に尽きます。

周防さんはずっと好調だったのになかなか作りませんでしたね。
ビデオも衛星放送もない学生時代、映画ばかり観ていた私は満ち足りた学生だったのかなあ。しかし、学業は厳しかったですよ。大学といったってスパルタで、男子の留年率など30%を超えていたもの。映画ばかり観ていた私は当然のように留年組でありました。
優一郎
2007年01月27日 07:37
おはようございます^^
土曜日の早朝から、拙記事を持参いたしました。謹んで、TBをよろしくお願いします。
私もプロフェッサーと同じく、柳町作品を観るのは「火まつり」以来20年ぶりとなりました。長らく映画企画を持ち込んではボツになるといった日々を鬱々と繰り返していたであろう柳町が、こんなに軽妙な語り口で戻ってきてくれたのは、非常に嬉しいと感じております。

本編に描かれる学生たちの姿は、私にとってはまさに自分の青春時代を見るがごとき懐かしさ。池袋の街並みも、私のホームタウンでしたから、色んな思い入れも増します。
プロフェッサーの御記事を拝見すると、まさに私も同感の極み。ほど良き加減で記事をすっきりとまとめられたプロフェッサーとは対照的に、私は言いたいことを全部書くような無粋で取り留めのないレビューとなっていて恥ずかしゅうございます^^;
優一郎
2007年01月27日 07:38
(続きます)

>「8・1/2」のフェデリコ・フェリーニ、「アメリカの夜」のトリュフォー、「スターダスト・メモリー」のウッディー・アレン

というご指摘も、まさに慧眼。
「アデル」「ベニス」に込められた柳町の思いがオマージュなのかパロディなのか・・・といった辺りは、おそらくどちらでもあるのでしょうか。
映画業界の楽屋落ち的なコメディと観るもよし、青春群像劇と観るもよし、クライマックスの柳町らしい演出を堪能するもよしで、非常に充実した楽しい作品でした。
オカピー
2007年01月28日 03:02
優一郎さん、こんばんは。
私の文章の長さは、貴ブログのコメントにも残したように、妥協の産物なのですが、まんざら間違ったことも言ってはいないと思います。

ゴダール、トリュフォー、ヴィスコンティ、レオーネ...
彼が欧州映画と長回しに相当拘りがあることだけはよーく判りました。それだけアメリカには良い意味でも悪い意味でも職業監督ばかりで、映画作家は殆どいなかったということですね。ヒッチコックも英国生まれですし。O・ウェルズとコッポラがアメリカ産か(笑)。

クライマックスのカットバックはダイナミックでした。映画の醍醐味ですね。
優一郎
2007年01月28日 06:51
おはようございます。
平山秀幸の「やじきた道中てれすこ」制作に関するドキュメンタリーがNHKで放送されたのをご覧になられたでしょうか?
その中で平山が「私は映像作家ではなく職人と呼ばれたい」とコメントしていました。また「平山作品というのが前面に出るのではなく、自分の映画は“詠み人知らず”で良いのだ」とも。
それらの言葉に「平山の志もまたよし!」と私はいたく感心したのでした。
昨今は「職人」と賛辞を込めて呼べるような監督が絶滅しかかっております故、「職人のどこが悪い!」と拘る彼の姿勢は、特に日本やハリウッドの若い監督たちに聞かせたい言葉。
時には「職人」という言葉を悪い意味で監督に用いる場合もありますが、このごろは「滑らかに歌うがごとく映画を描ききる」そんな職人ワザが廃れて、予告編の中にハイライトシーンが全部詰め込まれてしまうような悪い意味での売れ線映画ばかり。
優一郎
2007年01月28日 06:52
(続きます)

私の場合は個人的な好みで「作家性」を重視して映画を観ますが、それでもオッ!と唸らせてくれるような職人芸もまた大好きなのであります。
そんな中、かつてのハリウッド映画など見ていると、際立った職人芸に感心して、旧作ばかり見返したくなる傾向が、近頃は顕著になりつつあります。どうも、クセになっちゃうのですよね~^^;

また、ヒッチコックやチャップリンの作品を見返す度に思うのは、彼らの持つ品や知性やユーモアは、どう考えてもアメリカからは育まれなかったであろうということ。長い歴史のバックボーンは、何らかの形で個人の才能にDNAのごとくに埋め込まれているものなのだなあと認識を新たにしたりもします。
オカピー
2007年01月29日 02:30
優一郎さん、こんばんは。

山田洋次を別格とすると、澤井信一郎と平山秀幸は現役の中では好きな監督です。この二人はどちらか言えば職業監督的で、語りが大変上手いと思っております。
平山氏がそんなことを仰っていましたか。映画を見ると幅広く作られておりますし、一貫したテーマのないところを見ますと、有言実行の方であらせられるようですね。残念ながら観なかったですが、なかなか興味深い発言ですね。

ヒッチコックとチャップリンについては全く仰る通りと思いますが、人種のるつぼであるアメリカの生き馬の目を抜くような社会ではそうしたユーモアはご法度でしょうか。アメリカ映画が予定調和になりがちなのはあながちそれと無関係ではないかもしれませんね。

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