映画評「日曜日が待ち遠しい!」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1982年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

順不同で取り上げてきたトリュフォー特集もこれが最後。遺作なので、これを途中で取り上げるわけには行かなかった。

彼は本作製作の2年後52歳で夭逝した。彼の敬愛するヒッチコックの死から僅かに4年後である。「天国でヒッチコックと話をするのはまだ早いよ、トリュフォーさん」と悔しがり涙してから既に20年以上の年月が経った。思い出しても泣けてくる。

不動産業のジャン=ルイ・トランティニャンが沼沢地帯で狩猟をしている時近くにいた映画館主が殺害され、猟銃のタイプと被害者の車に残された手形から彼が犯人と目されるが、親友でもある弁護士の活躍でとりあえず拘留を解かれ、帰宅後彼は浮気っぽい妻の死体を発見して仰天する。
 彼を密かに愛する秘書ファニー・アルダンは、自由に身動きできない彼に(勝手に)代わって、真犯人に行き当たる証拠があるであろうニースまで繰り出し、<赤い天使>というキャバレーと映画館の謎を解き、真相に近づいていく。

アメリカのミステリー作家チャールズ・ウィリアムズ「土曜を逃げろ」の映画化で、全体として軽い扱い。彼の他ジャンルには勿論、ミステリー系の旧作にも及ばないが、作品としての評価以上に色々な思いが渦巻き感慨深い作品となっている。

モノクロで作られているということもあり、全体のムードは40年代ハリウッドのフィルム・ノワールにオマージュを捧げた印象が強いのだが、よくよく観るとやはり尊敬するヒッチコックの影響が強いことが理解できるだろう。
 例えば、夫婦の口論を通行人が覗き見る。声が少しだけ洩れてくる。これは「裏窓」へのオマージュである。署長がファニーに文句を言った後肝心な台詞が回りの騒音により聞こえなくなるのは「北北西に進路を取れ」その他でヒッチコックがよく使った手法で、映画に詳しい観客をニヤリとさせる。
 ファニー・アルダンは当時トリュフォーの事実上の妻であり、まさか遺作になるとは思いもしなかったであろう本作を彼が彼女に捧げた印象がある。ファニーが雇い主に代わって活躍するのが、婚約者に代わって活躍する「裏窓」のグレース・ケリーそのものに見えてくるのだが、ヒッチコックも「裏窓」をグレースに捧げたような気がしているだけに感無量・・・映画は出来栄えだけでは語れないこともある。

トリュフォーよ、天国に行くのが早すぎたよ。

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この記事へのコメント

トム(Tom5k)
2006年12月25日 00:17
最近、フランス映画戦後史にはまっておりまして、アニエス・ヴァルダで記事更新したりしてましたよ。
さて、「日曜日が待ち遠しい!」ですが、やっとトリュフォーの初心に還ったところで遺作となってしまったくやしい作品ですよね。わたしは『勝手にしやがれ』に回帰してるようにも思い、久しく縁の切れていたゴダールへのメッセージなども勝手に感じたりしてました。実に種々の想いに溢れていた作品だったように思います。
そして、トランティニャンもファニー・アルダンも良いですよね。ほんとに魅力的でした。
80年代のフランス映画は、新旧映画人が入り乱れ、とても充実していた時代のようですが、ミッテラン政権(左派政権)の樹立で熱い反体制的な作品が減っていたようにも思います。文化振興も充実していたようで助成制度も確立し、映画人も満腹していた傾向があるんでしょうね。
ジャンヌ・モローがそういう意味で映画批判していたような記憶があります。
映画もハングリーなところで名作が生まれるのかもしれません。
では、また。
オカピー
2006年12月25日 14:40
トムさん、こんばんは。
「百一夜」の力作をお読み致しました。相変わらず細かいところまでよく目が配られていて、感心致します。巷に流布している書籍より余程価値のある内容ではないかと、思いますね。

もしこの後も存命だったら、どんな作品を作り続けたのだろうかという思いに駆られますね。彼を真に理解した批評家は世界的にも少ないだろうし、特に娯楽系作品の評価は日本でも低いですが、私の尊敬する双葉氏のようにそれらを正当に評価する方が多ければ、もっとこの類の作品を作ったのではないかと残念に思います。

何を言っても無駄ですけれど。

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