映画評「アデルの恋の物語」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1975年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

30年前に映画館で観て以来二度目の鑑賞になろうか。

この映画の主人公であるアデルは、「レ・ミゼラブル」で有名なフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの次女である。その彼女の半生を綴ったフランセス・V・ギールの小説「アデル・ユゴーの日記」の映画化という。

アメリカが南北戦争中の1863年、いつその火の子が飛ぶか予想だにできないカナダが主な舞台。
 アデル(イザベル・アジャーニ)は、英国のぐうたら中尉ピンソン(ブルース・ロビンスン)に翻弄される形で一方的に執着、派兵先の英国領カナダのハリーファクスまで追いかけ、両親の仕送りで何とか生活を維持するが、邪魔に思うだけで相手にしない彼が別の女性と結婚すると知るや、妊娠した振りをして相手の家に乗り込んだり狂気の相が見え始める。

狂気は知性に影響を与えず、彼がカリブ海のバルバドス島に赴任すればやはり追いかけるが、肝心のピンソンの見分けもつかないほど精神が破綻してしまう。

犬に破かれまた疲弊してボロボロになった衣服で街を歩き回る。何とも痛ましくも激しい愛である。冷静に判断すればつまらない男なのだが、彼女にそう仕向けていたのは偉大な文豪である父親への反発、反骨そしてその力からの逃避ではないか。

6歳年上の姉レオポルディーヌが結婚直後、アデルが13歳の時に溺死していて、ユゴーは10年間断筆したらしい。文豪は姉にそれくらい強い愛情を注いだのだが、妹にはそうでもなかったらしいことが伺われ、溺死の夢を繰り返し見たり、姉の名を騙ってみたり、彼女の言動には一種の劣等感と強迫観念が感じられるのである。

そこには同時にフランソワ・トリュフォーの文豪ユゴーへの皮肉も漂うのだが、彼女に関する精神分析やユゴーへの皮肉も完全に枝葉末節にしてしまうほど、ひたすらに彼女の狂気めいた情熱を描き通した態度こそ評価したいと思う。
 この狂気に満ちた情熱は6年後にオリジナル脚本「隣の女」のそれへと発展していくものと考える。どちらも皮膚を切り裂いて人間の内部を見せるような凄みのある傑作である。

これが日本初登場となったイザベル・アジャーニのワンマンショー的熱演はお見事。若き僕には、トルコの血の混じったエキゾチックな美貌に暫く陶然とした時代があった。

最後に、トリュフォーのお遊びを一つ。
 アデルがピンソンと間違える兵士にトリュフォー本人が扮しているのだが、その登場の仕方が彼の敬愛するヒッチコックの登場を思わせ、ニヤッとさせる。

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この記事へのコメント

トム(Tom5k)
2006年10月22日 23:25
オカピーさん、どうも。
これってヌーヴェルヴァーグでも何でもなく、フランス映画の伝統そのものですよね。
わたしなんか、【ルネ・クレマン、「居酒屋」以来の久しぶりの文芸作品】と言われてから観たと仮定すれば、間違いなく素直にクレマンの作品だと信じていたと思います。
>イザベル・アジャーニのワンマンショー
まさにおっしゃる通りですね。
ラストシーンのアデルの徘徊は、ホントにショッキングでした。
では、また。
オカピー
2006年10月23日 01:08
トムさん、ようこそ。
敢えて書きませんでしたが、トリュフォーの第2期は「華氏451」から始まり、そしてクラシック回帰が顕著になった第3期はこの「アデルの恋の物語」から始まると思っています。尤も、私は彼は初期の段階から古典的に資質を備えた作家だと思っていましたが、フェイドアウトの使い方など、この頃から作風も明らかに古典的になりましたね。

アジャーニは結構好きでした。やはりトルコ人のエキゾチックな感じが日本人好み。生粋のフランス人だと観ただけで怖い(笑)。
アデルは長生きして85まで生きたらしいですね。発狂しなければジョルジュ・サンドくらいの女流作家くらいになれたかもしれませんのに。
シュエット
2008年09月24日 21:20
昔の記事にお邪魔します。
「緑色の部屋」をみてトリュフォーがロウソク3部作と自ら名づけたその一つの本作を再見…といっても、ぼーと観ていただけなので、ほとんど初見に近いです。アジャーニって私はそれほど好きではないのですが、この作品のアジャーニは凄いと思う。しばし絶句するほどの凄みでした。
オカピー
2008年09月25日 03:27
シュエットさん、こんばんは。

>ロウソク3部作
ヒッチコック以外の作家については書籍での研究はないので、全く知りませんでした。DVDでもそうした情報が多いようですね。

>アジャーニって私はそれほど好きではない
えーっ!(笑)
やはり西洋と東洋の良いところを取った感じの中東には美人が多いですよ。
最後に観た戦争スパイ映画「ボン・ヴォヤージュ」でえらく太って、エリザベス・テイラー状態だったのにはちょっと幻滅でしたが(笑)。

>この作品のアジャーニは凄い
演技的には文句なしでしょ。なおかつ綺麗(まだ言っている)。
晴雨堂ミカエル
2009年07月20日 22:44
イザベルが当時まだ19歳だったことを後で知って驚いた記憶があります。
オカピー
2009年07月21日 21:57
晴雨堂ミカエルさん、こんばんは。

>イザベル
凄い19歳でしたねえ。
僕が好きになった女優の一人です。
晴雨堂ミカエル
2009年07月25日 01:23
> 僕はアデルの奇行の背景には、大作家である父親絡みの劣等感があると思って観ていました。
  
 それもあると思いますね。人間というのは、行動を起こす際に多くの動機や口実や言い訳を必要とします。
 父親からの自立、というのも「恋愛」の口実だったでしょう。
オカピー
2009年07月25日 10:53
晴雨堂ミカエルさん、おはようございます。

トリュフォーは一連の作品を見ているとバルザックが好きなのは明らか。その一方で同時代の大作家ユゴーを嫌っていたのではないかと思えなくもなく、その意味でも結構興味深い作品なのでした。
豆酢
2010年08月02日 22:03
プロフェッサー、TBとコメントをありがとうございます。

>彼女にそう仕向けていたのは偉大な文豪である父親への反発、反骨そしてその力からの逃避ではないか。

アデルの悲劇は、まさしくここから発症しているものと思われます。偉大なる父親を持つ重圧たるや、彼女のような女性には耐え難かったでしょうね。つくづく気の毒だと思いますよ。アデルとユーゴーの関係に関する解釈は、アンチ・ユーゴーならではの冷静な分析であったように感じます。

>彼女の言動には一種の劣等感と強迫観念が感じられる

まったく、諸悪の根源は親父さんでありますよ(笑)。
今作におけるユーゴーの描かれ方がえらく嘘くさい(笑)理由が、プロフェッサーのご指摘で納得できました。

自然光がどうしたこうしたといった技術的な話は、この際どうでもよろしい。
とにかくこの映画は、イザベル・アジャーニの絶対的な美貌と存在感、そしてトリュフォー監督がようやく古典に対して心を開いてくれた(笑)ことによって花開いた、素晴らしい演出を堪能する作品だと思っています。一切の無駄をそぎ落とした、類まれな映画です。

パリ滞在中に今作を再見して、アジャーニのフランス語の台詞の美しさにうっとりした豆酢でした。本当に美しいフランス語です。
オカピー
2010年08月03日 22:07
豆酢さん、こんばんは。

>ユーゴーの描かれ方がえらく嘘くさい(笑)理由
僕自身がバルザックが割合好きなものですから、トリュフォーの色々な映画に出てくるのが嫌でも記憶されていまして、本作を見た時直感的にそう思っちゃんたですよ。

>イザベル・アジャーニ
チョー可愛いかったです!
彼女なしにこの映画の成功はなかったでしょうね。

>古典に対して
正に。
初期の代表作「突然炎のごとく」にしたって、僕の感覚では、既に古典的なムードは濃厚。ただ、素直じゃなかったんですなあ。^^

>フランス語
本場に行かれた豆酢さんがそう言うならそうなんでしょうねえ。
僕は雰囲気でしか解らないですけど。^^;

今月WOWOWで放映してくれるので、ハイビジョンでブルーレイ化する予定。
ヤッタ!

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