映画評「宮本武蔵」

☆☆★(5点/10点満点中)
1944年日本映画 監督・溝口健二
ネタバレあり

有名な吉川英治ではなく菊池寛の「宮本武蔵」をベースにしているので、従来の宮本武蔵とは大分印象が違う。吉川版ほど精神的に剣に殉ずる求道者としての生き方をしていない。
 脚色は川口松太郎。

一乗寺の決闘で吉岡一派を全滅させた武蔵(河原崎長十郎)の前に、「両親の仇を討つので修行したい」と姉弟(田中絹代、生島喜五郎)が現れ、その願いをしぶしぶ聞き入れ剣術を指導するが、仇討ちは果せず弟は死ぬ。二人の敵である佐本兄弟は懇意であり剣豪と名高い佐々木小次郎に応援を依頼する。

かように巌流島の決闘に至る物語も全く違うものになっているが、なにしろ1時間弱に強引にまとめてしまったので説明不足の感は否めない。説明不足と言っても、菊池寛らしく人情ベースになっていて物語自体はよく解るのだが、駆け足的で物足りないという意味である。
 ブログ【良い映画を褒める会】の用心棒さんによれば、原作に忠実ということでもないらしい。

歴史考証は不正確で、溝口らしい長いカットもなければ含みもないが、太平洋戦争末期の1944年製作ということでは仕方がない。尤も黒澤明や木下恵介は国策映画に見せかけて反戦映画を作ったが、そのような気概もなかったらしい。

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この記事へのコメント

2006年09月04日 00:15
 オカピーさん、こんばんは。
 ひとつ間違ってTBがこちらに来てしまっています。お手数をかけますが、削除してください。申し訳ございません。
 溝口版武蔵は仰るとおりでまったく見所はありませんでした。ここまで酷い作品を作っていた彼が、50年代に入ってからは奇跡の映画を連発したのかは大いなる謎ですね。ではまた。
オカピー
2006年09月04日 02:16
 用心棒さん、こんばんは。
 OKです。削除致しました。
 40年代沈没した理由として考えられるのは、彼がリアリズムの作家だったことを挙げても良いかもしれません。国策(戦意高揚)映画はリアリズムとは無縁、芸道ものはお涙頂戴、時代劇ではどうしても儒教的思想を取り込む必要があったのでしょうね。
 復活の理由としては、1950年にGHQの映画統制が事実上解除されたのも遠因と言えるかもしれません。 
bakenoko
2019年10月18日 04:19
兵法者とは、戦争指導をする軍人のこと.
兵法者の武蔵は、決闘の後、「女に未練があった」と言って去っていった.
女に未練があるようでは、兵法者と言えない.
つまり、女に未練があるようでは、戦争指導は出来ない.
当時の軍人の女狂いは、有名な話.
山本56なんか、戦艦大和から妾の女に手紙を出していた.
ミッドウェー海戦敗北後、山本56はトラック島へ逃げていて、トラック島の戦艦大和から、
愛人の居る芸者置屋の女将に手紙を書いた.
「女と二人で、南洋の島で一緒に暮らしたい」
ミッドウェーで負けて、戦争をする気なんか無くなっていたらしい.
オカピー
2019年10月18日 19:37
bakenokoさん、初めまして。

>つまり、女に未練があるようでは、戦争指導は出来ない

この作品の宮本武蔵がそうだったということになりますか。
なるほど。


>山本56なんか、
>ミッドウェーで負けて、戦争をする気なんか無くなっていたらしい.

兵法・戦争には部外者とも言うべき人間ですので、実に興味深い話です。

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