映画評「夢去りぬ」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1955年アメリカ映画 監督リチャード・フライシャー
ネタバレあり

1913年に女優イヴリン・ネスビットの夫で億万長者のハリー・ソウが当時の有名な建築家スタンフォード・ホワイトを衆人の監視下に射殺するという事件が起きた。この作品はその事件のあらましを描いたドラマである。

劇場を建築中だったホワイト(レイ・ミランド)に知人の女優が新進女優イヴリン(ジョーン・コリンズ)を連れて来る。妻子がいながらなかなかプレイボーイだった彼は彼女と恋に落ちるが、妻と縁を切れず彼女を学校に送るという贈り物をして一旦は引き下がる。
 その間にソウが一方的に思い込んでイヴリンと結婚することを知り、再びホワイトが邪魔しようとストーカーのように彼の前に出没するようになり、結婚後ソウが彼を射殺する。

これが事件そのものの経緯だが、映画はこれをイブリンの悲劇を描くメロドラマとしてこしらえ、それなりに興味を持って観ることが出来る。
 しかし、その弊害として男性二人がかなり勝手な人物として描かれることになり、我々男性には些か居心地が悪いところが出て来る。どう見てもハリー・ソウは「見知らぬ乗客」系のサイコであるので同情の余地がないが、非常に紛らわしい行動を取ったホワイトにも罪がないとは言えず、思わず女性に対して申し訳ないという気持ちが起ったほどである。

さて、ソウが裁かれることになるが、イヴリンは彼の家族の願いにより彼を無罪にする為表面的には罪のないホワイトを悪者にする苦渋の選択をしたにも拘わらず、夫が無罪・精神病院送りになると邪魔者扱いされる。病院送りになる前にソウは言う、「君はいつも自分のことしか考えない」。

この辺りは女性の義憤を呼びそうだが、問題があるとすればリチャード・フライシャーの真面目一方の演出である。彼は実録的なものではなかなか良い味を出すが、抑揚に乏しい為かかるけれん味のあるお話には全く不向きと言うしかない。

自分自身の悲劇を彼女が見世物として見せることになる幕切れは、マックス・オフェルスの呪われた名作「歴史は女で作られる」を思い起こさせる。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

e-アフィリ
2006年06月28日 17:44
ブログ拝見させて頂きました。
私はe-アフィリというアフィリエイトサイトを運営しております。
サイト内にバナーを張っていただくだけで1クリック1円+1登録1000円の成果報酬になりますので、ちょっとしたお小遣い稼ぎにいかがでしょうか。
詳細に関しましては下記URLにございますので、一度目を通して頂ければ幸いです。

e-アフィリ
http://e-af.net/?weng

この記事へのトラックバック