映画評「おかあさん」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1952年日本映画 監督・成瀬巳喜男
ネタバレあり

町田市で同級生による女子高生殺人事件があったが、この作品に出てくるような【おかあさん】がたくさんいた時代には考えられないような利己的な馬鹿げた事件である。

父親(三島雅夫)、母親(田中絹代)、長男、長女(香川京子)、次女、妹の息子から成るクリーニング一家の喜怒哀楽を綴ったお話で、開巻程なく療養所から母恋しさに帰ってきた長男が死んでしまう。
 帰ってきて母親と会話する場面の次は既に彼は故人になっていて、両親の態度も比較的淡々としているのが印象的である。彼らの周りには戦争で夫や息子を失った人々が溢れていることを示すカットをさっと挟むことで、この時代の死への思いが今とは多少違うことを感じさせる。ささやかながら省略が効果的に使われた好場面と言いたい。

兄を失った妹(長女)の欠落感は信頼しきっている両親への懸念に変わるが、父親が間もなく発病、やがて亡くなる。それだけでも悔しいのに、クリーニング店の手伝いをしている父親の知人(加東大介)と母の再婚の噂が出るとどうにも気に喰わない。
 語り手はこの長女で、パン屋の息子(岡田英次)がボーイフレンドである。次女の描写もなかなか良く、床屋を目指す叔母さん(中北千枝子)の修業の為に髪の毛を切られて泣く場面など小さなおしゃれさんの気持ちがよく描かれている。母親や姉を思って伯父夫婦に貰われていく健気さにも胸を打たれる。この母にしてこの子あり。

子供たちは母親に全幅の信頼を置いている。夫亡き後きちんとクリーニング屋を切り盛りする母親は優しくて力強い。常々「他人の役に立ちなさい」と言っていた説教が娘たちの精神に染み込んでいる。成瀬巳喜男監督がきちんと人物描写をしてきたからこそ、次女が少女らしからぬ決意をする場面も浮き上がらないのである。
 同時に丹念に庶民の生活を描写して、昭和27年頃の日本を見事に現出させている。作文を原作とした良さが出ているわけで、当時の日本ではどこにでもあった風景なのであろう。

映画の出来栄えとは全く関係ない話だが、田中絹代演ずる母親は正に理想的な母親像。ここまでは無理としても、母親だけでなく大人たちが義務をきっちり果たせば、ちょっとした行き違い程度で人を殺すような自己中心的な子供は育たない。そんな思いを強くしながら観終えた。

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この記事へのコメント

ジューベ
2005年12月03日 11:39
こんにちは。お邪魔いたします。
映画評読ませていただいて,作品を観たときの感興がしみじみと甦ってきました。
私の父母が長女役の香川京子さんと同じ昭和一桁世代で,やはり兄弟が多くて,大家族で育ってきた昔の話をよくしてくれました。若くして亡くなった人(私の叔母さん)もいますし,他家から養女に来ていた人もいたりで,この映画のようなことは当時は一般的なことだったのだと思います。
今と比べると貧しいながら,しかし,みんなでいたわり支えあう家族の本来の姿とはこういうものなのでしょうか。
昨今,豊かさのために失われてしまったことの一つに,「家族の力」というのもあるのかもしれないと思いました。
オカピー
2005年12月04日 02:54
私の両親も昭和一桁ですが、母には八人の兄弟がいます。母は十代半ば函館に奉公に出され、十代後半東京で空襲を経験しております。雪の函館を抜け出したことなど「おしん」も真っ青な人生を送っていまして、時に話を聞くのが楽しみです。父は生まれて間もなく実母を失い、婿だった父(私にとっての祖父)に出て行かれ、育ててくれた祖母(曾祖母)に死なれ、母と見合い結婚しました。時に19歳。
この時代を生きてきた人は非常に辛抱強い。私たちの世代が伝統を壊してしまったのかもしれませんね。
iyahay98
2006年09月29日 17:55
TBいただきありがとうございました。
この映画の内容もそうですが、↑のコメントも読ませていただき、色々考えさせられることばかりです。
>クリーニング屋を切り盛りする母親は優しくて力強い
こんな母親の姿を見ていたら、子供は申し訳なくて悪いことなんかできませんよね。私自身も母親としてもっと考えなくてはならないことばかりです。
オカピー
2006年09月30日 00:27
iyahaya98さん、こんばんは。
自覚のある方なら大丈夫ですよ。
戦後の民主主義・個人主義が日本的に解釈されたのがそもそもの間違いであるというのが私の説です。やはり宗教という後ろ盾がない国における個人主義はどうしても利己主義に走りますから。そこへ豊かさが加わって、後は野となれ山となれ、といったまま流されてきてしまったのでしょう。
未来を憂えるばかりです。

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