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zoom RSS 映画評「ラスト・フェイス」

<<   作成日時 : 2018/06/09 08:49   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督ショーン・ペン
ネタバレあり

ショーン・ペンの監督でシャーリーズ・セロンが主演しているが、カンヌで酷評されたせいか、日本ではお蔵入りになった。

2003年のリベリア内戦中のこと。父親が組織した国際的難民支援団体の理事長を務めるシャーリーズが国境なき医師団の医師ハビエル・バルデムと知り合い、随時目にする苛酷な状況と時に必要に迫られて隣国シエラレオネに逃げるなどするうちに愛し合うようになるが、事実上の戦場における医療行為を使命と考える彼と任務の必要性を理解しつつも安定した生活を望む彼女の人生観の違いから別れる。10年後再会しても究極的にその立場は変わらず、彼女はアフリカに旅立つ彼を止めることは出来ず、やがて南スーダンの飛行機事故で彼が死んだことを知る。

カンヌの酷評が的を射ているとは思わないが、映画としては幾つか問題がある。
 その筆頭は、住民の厳しい生活や医療団の使命感を見せたいのか、ロマンスを見せたかったのか非常に曖昧であること。脚本家(エリン・ディグナム)はロマンスを見せたく、ペンが現場の苛酷さを見せたい、その齟齬が外面にはっきりと現われたような感じである。アフリカの苛酷さがロマンスの甘美を際立たせ、或いはロマンスの美しさが戦場の凄惨を際立たせるということもあるだろうが、その両方を狙ったとしたらやはり欲が深いと言うべきで、どちらかに焦点を絞るべきだった。
 個人的には、「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)のような形で、苛酷さの上にロマンスの甘さと苦さを浮き彫りにするように作ったらぐっと手応えが出たと思う。

現状では恋愛映画として見ても見せ方に舌足らずの感あり。彼女は彼と出会ったこと、その苛酷な日々において人生の意義を見出したのにも拘(かか)わらず、現場に残れない彼女の心境がもう一つ解りにくいのである。河瀬直美監督「」の男女が自分の欠落感を根拠に相手の人生に入って行こうとするのに対し、こちらの男女は横溢感が互いに入って行くのを邪魔する、そんな心理を想像したくなる印象。それは僕の勝手な推量にすぎないわけで、もう少し映画自体から解りたいところなのである。

ペンはケン(ケン・ローチ)よりも強し、ということにはならなかった。

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