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zoom RSS 映画評「20センチュリー・ウーマン」

<<   作成日時 : 2018/06/11 08:45   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督マイク・ミルズ
ネタバレあり

40歳を過ぎてから観た映画や知った人名は残念ながら忘れやすい。本作を作ったマイク・ミルズという監督も「サムサッカー」「人生はビギナーズ」二本を観ているのに、すっかり忘れていた。いやあ、困るねえ。
 旧作に関する我が映画評を読んでみると、なるほど本作に通底する部分が多い。人間関係の機微を見つめるのがお好きなのだな。

1979年、15歳の少年ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズーマン)は、55歳の母親ドロシア(アネット・ベニング)と暮らしている。広い家の空いた部屋をパンク系女性写真家アビー(グレタ・カーウィグ)と便利屋ウィリアム(ビリー・クラダップ)に貸し、家族のような近しい関係を保っている。近所の17歳の美少女ジュリー(エル・ファニング)はこっそり窓からジェイミーの部屋に入り、隣に寝るのが日常。彼女は「自分たちは友人だから性的な関係はご免こうむる」と宣言する。
 母親は思春期になった息子の言動に理解できないことが多くなり、彼らの出入りするクラブやらに入って体験し接近を試みるが、遂にはジュリーやアビーに息子の面倒を見てくれるよう頼む。この二人、タイプが違うから、二人で世話をすればバランスは取れる。
 母親は息子とその出奔した先で非常に良い関係を生むが、結局それは一過性のもので、そうした緊密な関係は二度と持てない。しかし、15歳の少年は母親の心配に反して「母親がいさえすれば良い」と思うのである。

マイク・ミルズは1966年生まれで、本作の少年と2歳年齢が合わないが、本作と同じように1999年に癌で母親を失っていて、自伝的映画ということになるらしく、そこはかとなく前世紀と母親へのノスタルジーに満ちている。

題名は、21世紀を知らない、古風な女性という意味合いだろうが、ヒロインは日本的な古風さとは違い、甘やかすでもなく突き放すでもなく、実に巧みに良い距離感で息子と接しているように思う。それでも子供と付き合うことに難儀を感じるのだから、親子関係とは難しいものでござる。

気の利いた台詞が多く秀逸であり、現在から過去を振り返るのではなく、1979年から未来を語るように登場人物がその後の(しかし実際には既に起きた)人生を語るところも興味深い。特に1999年に死んだ母親が自分が経験をした死を語るのだから面白いと言いたくなる。こういう芸当は、フィクションでしかできない。

題名は、Tレックスの有名な「20センチュリー・ボーイ」の応用。

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