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zoom RSS 映画評「いつまた、君と 〜何日君再来〜」

<<   作成日時 : 2018/05/05 09:27   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・深川栄洋
ネタバレあり

男優・向井理の祖母・芦村朋子さんの実話を、向井主演で映画化したドラマ。タイトルは、テレサ・テンの歌唱でも有名な中国の名曲から。

昭和15年、日本が戦争回避の頼み綱としていた南京政府(「木戸幸一日記」を読んだばかり。時にこの辺りに触れられている)の近くで働く吾郎(向井)は日本女性・朋子(尾野真千子)と結婚して芦村家の婿養子になるが、敗戦と共に帰国し落ち着いた妻の実家で父親(イッセー尾形)から軽蔑されて、茨城で商売を始めて自立をする。子供を三人設けるが、素人の悲しさで行き詰って大阪に転居、思いやりのある先輩・高杉(駿河太郎)に仕事の面倒を見てもらうものの、約束された栄転は、好事魔多し、台風で文字通り水に流れる。そして、その頃発症した腫瘍がもとで帰らぬ人となる。

という手書きの手記を81歳になった朋子(野際陽子)が慣れないパソコンに打ち込んでいる最中に脳梗塞で倒れ、それを孫の理(成田偉心)が引き継ぐ。他人(本人でない人)が手記を読むなどして進む回想形式で、山田洋次監督「小さいおうち」がその形式を非常にうまく使って進められていたのに比べると、些かぎこちない。その理由は後で軽く述べてみる。

本作のテーマは文字通り朋子ばあちゃんの運のない伴侶との苦難の人生だが、もっと絞れば檀一雄の小説をもじって“朋子・その愛”といったところである。
 中でも一番下の子供である長女・真実(まみ=岸本加世子)が重要で、兄たちから母親の引取りを要望された時に彼女は否定的な見解を述べる。一時的とは言え祖父母の家に置かれてきた彼女は母親を恨んでいるのだ。ところが、手記を読んでいるうちに母親が夫との大事な思い出のある押花帳(?)を幼い彼女に託していたことに気づき、その深い愛情を確認する。
 このエピソード自体はなかなか感動的なのだが、視点が安定しないきらいがある。理にとっては全く生まれる前のお話だから純粋に朋子の主観で進められるが、真実が自分の絡んでいる部分を読む際にはその主観が入り混じる。回想における過去の場面は一つの主観であるべきところに別の主観が入るため見ていて落ち着かない。これが話術に少々ぎこちない印象をもたらす理由である。最初から訳ありであることを示した真実の主観まじりの回想形式にしたほうが語りとしてはスムーズになったと思われるが、反面、劇的効果は薄くなる。悩ましいところか。しかし、この映画にこんなうるさいことを言う人は僕くらいでしょうな。どうもすみません。

全体としては深川栄洋らしく気を衒うところのない素朴な見せ方で、それ故に映画としては薄味で物足りないところが多いものの、オーソドックスを好む僕は採点に反して、良い後味に好感触を覚えて見終えた次第である。

ところで、真実が母親を追う場面に亡父の経験を思い出していた。
 八十何年か前婿入りした祖父が父の生後1年で祖母が夭折した後引き直し(昔よくあった妻の姉妹との再婚のことをこの辺ではこう言う)した大叔母も1年くらいで亡くなった為、縁組を解消して家を出た。幼児だった父は「とおちゃん、とおちゃん」と叫びながら家を去っていく父親(僕の祖父)を追いかけたという。これは隣のおばあさんから聞いた話である。その後父は十数年曾祖母と二人暮らしをしたが、ハイティーンの時に曾祖母が亡くなったため亡母を紹介されたのである。母が兄を妊娠した時父親はまだ十代だった。

昔の人の人生は、おしなべて波乱万丈だよ。僕の知っている人々は皆、大雪の日に北海道の奉公先から脱走した母を含めて、それぞれ小説になるくらい激しい人生を送っている。

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