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zoom RSS 映画評「真昼の用心棒」

<<   作成日時 : 2018/05/24 09:09   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1966年イタリア映画 監督ルチオ・フルチ
ネタバレあり

70年代の初め中学生の時にTVで観た。お話はすっかり忘れていたので、初鑑賞にも等しい。

流れ者となっていたフランコ・ネロが、実家の知人から「村に戻れ」という手紙を受け取る。帰ってみると実家は牧場主ジョン・M・ダグラス(ジュセッペ・アッドバティの英語風仮称)の一味に奪われている。男の息子ニーノ・カステルヌオーヴォは故郷を出ていこうとする村民の一人を意味もなく殺す。
 その行為に不愉快な思いを抱きながら彼が漸く探し当てた兄ジョージ・ヒルトンは酔いどれている。兄は「お前といれば安全だ」と謎めいた言葉を吐き、牧場主の家に案内する。
 牧場主の息子は失礼な現れ方をしたネロを得意な鞭で痛めつけるが、殺す前に寸止めし、それ以上行こうとすれば父親が口を挟む。

開巻後三分の二くらいまで謎をちらつかせる余りまだるっこくて退屈だが、ネロがアッドバティの息子と判明してから漸く面白くなる。本作の脚本の問題はその謎を強調しなかったことである。謎をミステリー風に強調しておけば、まだるっこい理由が掴めるのでそれなりに楽しみながら観ることができるのだが。
 これに関して少し設計ミスをした脚本氏は、しかし、ダグラスを息子の子分に殺させるという展開にして、お話の見通しをよくする。つまり、カステルヌオーヴォ一人を悪役にし、父親違いの兄弟ネロとヒルトンが一致協力して息子とその一味を倒すという方向に行くことが見えて来る。先が読めることが楽しめる理由になるという典型である。

クライマックスたる一味との決闘では、色々なお楽しみが出て来るが、馬車を使った回転アクションが一番見栄えが良い。中盤でヒルトンが馬に隠れて早撃ちをするところも見せ場と言うべきで、全体としてはヒルトンの方が活躍する感じだ。

監督は後年ホラー映画で名が知られるルチオ・フルチ。人物を捉える際の画面には横の構図により縦の構図を意識させる(即ち画面の端に大写しの主人公を配置することで奥行を打ち出す、通常の縦の構図は大写しは物や脇役になり、奥に主人公等がいる)三隈研次に似たところがあって悪くないが、セルジョ・コルブッチと同じく大して意味のないズームの多用は不愉快。これがなければもう少し買えたのだが。
 このように初期のマカロニ・ウェスタンは大映時代劇特に「眠狂四郎」シリーズの影響大(特に画面の構図)と考えるが、「眠狂四郎」シリーズは末期には逆に音楽などマカロニ・ウェスタンの影響を受けるようになる。面白いですな。

音楽と言えば、例によって主題歌もお楽しみの一つ。しかし、マカロニ・ウェスタンの主題歌は天才エンニオ・モリコーネを別にすると誰が作っても基本的に同じように聞こえる。

用心棒は全然関係ない。この時代輸入する配給会社によって邦題に常套句があって、本作の配給会社・東和は多く「〜用心棒」としていたのでござる。

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