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zoom RSS 映画評「わたしは、ダニエル・ブレイク」

<<   作成日時 : 2018/05/23 08:56   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年イギリス=フランス=ベルギー合作映画 監督ケン・ローチ
ネタバレあり

ケン・ローチは生活に悪戦苦闘する小市民に視線を下降する時に特に力を発揮する監督であると思う。本作は英国の、そして世界の先進国の多くが直面している経済格差の下の方にいる人々に目を向け、実に的確に描き出し、強いメッセージを発している。

イングランド北部ニューカッスル。59歳の大工デイヴ・ジョンズは、心臓を悪くして医師から働かないように釘を刺されているが、職業安定所関連の医療診断士は心臓などにお構いなく“働ける”と決めつける。かくして失業保険を支給して貰うには、働こうという意識を示す行動の証拠を提示しなければならないし、その停止期間の生活保護の支給も認められない。役所・事務所への連絡はパソコンが中心で、40年も大工でありIT音痴の彼は右往左往するしかない。
 その間にロンドンからやって来た二人の子供を持つ若いお母さんヘイリー・スクワイアーズと同病相憐れむ仲として親しくなり、娘のような年頃の彼女を色々と助け、彼女がフーゾク業に従事するのを心配したりする。
 やがて今度は彼女が恩返しとばかりに弁護士を探し出し、解決の火が灯ろうとする面会の直前、彼はトイレで心臓麻痺を起こしてしまう。

英国は政策としての福祉は充実している。しかし、相手をする役人がマニュアル通りにしか対応できず、その意義のある政策を半ば無意味にしていまう。人対人ではなくパソコンなどのITに頼る方法がブルーカラーの老人たちを途方に暮れさせる。所謂デジタル・デヴァイドの問題である。マニュアルを少しでも逸脱して個人的に寄り添うとすると、上司から注意を受ける。幾つかの不運があった時、役人の杓子定規な対応にデジタル・デヴァイド問題が加わり、これらが主人公のような真面目な老人を路頭に迷わせていきかねないのである。

日本も対岸の火事ではない。誰しも平等に受け取る権利のある生活保護について“自己責任論”によるバッシングが一部にある。バッシングするのは彼らに非常に近いが努力や我慢をして耐えていると自認している連中である。下層階級や弱い人々が自分に近い人々を罵倒する傾向がある。しかし、世の中には自己責任だけではどうにもならない不運に苛まれる人も多い。精神病などは目に見えにくいだけに怠けと見なされがちであるわけである。
 僕の経験では、日本の役人にこんなひどい対応をする傾向はないが、どこかの役人たちが変なユニフォームを作って生活保護受給者若しくは申請者を間接的に脅すという事件があった。確かに一部に不正受給する人はいるだろうが、これを生活保護受給者全体に敷衍するのはいけない。文字通り全体主義的な考えはけしからん(哲学者ハンナ・アーレントは、全体主義を招く要因は大衆にあると言う。この場合の大衆とは他人との絆を持たない人々のことで、昨今ネットを騒がせている右傾の人々に当てはまる感じがする。アーレントは今日本で人気だそうである)。

主人公は税金をきちんと払う誇り高き人物である。そんな人間に職業安定所の壁に非難メッセージの落書きを書かせるような国家制度、役人であってはならない。義憤にかられる。

映画的には素材故に直截で散文的な感じを禁じ得ないにしても、見応えたっぷりの映画と言って良い。

原題は主人公が壁に書いた文句から取られていて、邦題とは少し違う。直訳すれば「わたし、ダニエル・ブレイクは」である。しかし、彼の残した手紙の文脈からはこの邦題で間違いとは言えない。

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