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zoom RSS 映画評「未来を花束にして」

<<   作成日時 : 2018/04/06 08:41   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2015年イギリス=フランス合作映画 監督セイラ・ガブロン
ネタバレあり

ベーベルの「婦人論」は19世紀後半における女性の酷い環境を綴ったもので、内容は推して知るべしのところも多いが、近代欧州といえどもまだ封建時代の名残があり、男尊女卑という点では江戸末期から明治初めの日本と大して変わらないと思わせた。

本作はそれから凡そ半世紀後の1912年の英国が舞台で、当初は平和的に婦人参政権を求めていた婦人参政権論者のグループが、大蔵大臣(後の首相)ロイド・ジョージの聴聞がアリバイ作りで何の進展もなかったことに怒り、過激な手法に転じた頃に焦点を絞り、やがてエミリー・デイヴィスン(ナタリー・プレス)がダービーでジョージ5世の馬の下敷きになった事件が広く市民の関心を集めて、1918年の制限付き婦人参政権付与に繋がっていくまでを描く。

この運動はエメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)が主唱者だが、本作ヒロインは無名の洗濯婦人(キャリー・マリガン)である。ヒロインと言いながら、映画を最後まで見れば解るように実質的には狂言回しで、為に、運動に関与し始めた彼女が同じ洗濯工場に勤める夫(ベン・ウィショー)に嫌われて追い出された後幼い息子を養子に出されてしまうエピソードが回収されないまま終わり、ドラマとしては中途半端になって物足りない。一言で言えば、ドラマ構成の全体設計がさほど良くないのである。採点は素材の珍しさを大いに加味した結果でござる。

英国の婦人が制限的参政権を得て今年で丁度100年、現在欧州諸国では半数近くが国会議員にもなっている進展ぶり。たった百年でここまで変わるのである。ずらずらと各国での女性参政権獲得の沿革が紹介される映画のエンドロール前の字幕では無視されたが、日本は終戦直後の1945年に婦人参政権が認められた。

本作では、“女性が参政権を持つと世の中がめちゃくちゃになる”といった余りにテキトーすぎる男性諸氏の発言が色々と紹介されているが、それが既得権益を持つ立場による“権益を守りたい”が故の大嘘であったことは現在の世界を見れば解る。経済の発展を考える時、女性に種々の権利を持たせたほうが良いのは歴史が証明している。
 イスラム圏がキリスト教圏・仏教圏より経済的に後れを取ったのはそこに尽きると言って良いのではないかというのが僕の長年の持論で、最も保守的な国家であるサウジアラビアが遂にそれに気づいて女性の権利の拡大(自動車免許の付与等)に乗り出した。

因みに、僕がsuffragette(婦人参政権論者=原題)という英単語を知ったのは、ポール・マッカートニー&ウィングスの「ジェット」Jetの歌詞によって。Jetと韻を踏ませるために用いられただけかもしれないけどね。

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