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zoom RSS 映画評「山河ノスタルジア」

<<   作成日時 : 2018/04/02 08:45   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年中国=日本=フランス合作映画 監督ジャ・ジャンクー
ネタバレあり

中国の新鋭監督だったジャ・ジャンクーも「長江哀歌」から若手らしい力みがなくなり、登場人物の心情をテオ・アンゲロプロスばりの画面にうまく沈潜させる進境ぶりを見せて僕を感嘆させた。文明批評的な側面と生活詩的な要素をバランスよく噛み合わせて抜群だった。本作は、20世紀末からの四半世紀に渡る中国経済史を辿るように見せながら、旧作より個人の心情に傾倒した印象が強い。

1999年山西省。若い女教師タオ(チャオ・タオ)は、同世代の炭鉱労働者リャンズー(リャン・チントン)と実業家ジンシェン(チャン・イー)とを共に憎からず思っているが、結局父親が贔屓にしている真面目なリヤンではなく、調子のよいチャンと結婚する。
 2014年、離婚の結果子供の親権を前夫に取られた彼女は、老父の葬式に参加させるべく7歳の息子ダオラーをリヤンが事業を成功させている上海から呼び寄せ、束の間のスキンシップを交わした後オーストラリアへの移住を考える前夫と継母の許に少年を送り出す。
 2025年。一家でオーストラリアに移住していたダオラー(ドン・ズージェン)は既に中国語を話せない。大学を辞めて何かを始めたいが、英語を碌に解さずに断絶した父親の理解を得るべくもなく、母親と同世代の中国語教授ミア(シルヴィア・チャン)と懇ろになった結果、彼女から「時間が経っても変わらないものがある」と実母に会いに行くよう勧められる。

スタンダード・サイズの画面で進められる1999年の情景を見ていて、万元戸という言葉が流行り、中国のメーカーにCDプレイヤーの製造指導(僕は通訳)に行った時のことを思い出していた。当時中国は蓄音機から、一般的なレコード・プレーヤーを知らない(共産党は歌謡曲を聞くことを禁じた)まま、いきなりCDによる音楽の楽しみを享受しようとしている、タイム・マシン状態だな、などと思ったものである。

1999年のヒロインはCDラジカセで広東の歌謡曲を聞き、やがて2014年息子とアイ・ポッドか何かでこれを聞く。こうしたことに中国の急速な経済の変化を象徴させる。2025年オーストラリアに移住していたジンシェンは経済的に恵まれながらも、恐らく妻はいず、息子と確執があって、拳銃をちらつかせて身を守るといった風情で、精神的にひどく破綻している。監督は、恐らくジンシェンに中国の“経済”を寓意させ、彼の人生行路に中国の四半世紀の経済史をダブらせる。

一方、少年の母親タオに、都会と同等の繁栄を必ずしも味わえていない、しかし古き良き中国の面影を残す地方都市を重ねる。古き良き中国、それこそ「時間が経っても変わらないもの」なのであろう。
 ダオラーは母親の名前と同じ発音の波に向って「タオ」と声に出す。波がその声を乗せて伝えたかのように、彼女は「タオ」という声を聞く。魅力的な場面の繋ぎであり、滋味溢れる幕切れになっている。

登場人物の心情が画面に深く沈潜している印象を覚えさせる「長江哀歌」の方を総合的に買うが、本作ではキー・ワードやキー・アイテムを多用し語り口がさらに鮮やか。

30年前の中国工員の目の輝きを見て、高度経済成長初期の日本人もこんな感じだったのではないかと勝手に想像した。因みに、工場では勝手にトイレに行けず、一々管理者に許可を貰わなければならず難儀した。

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