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zoom RSS 映画評「大砂塵」

<<   作成日時 : 2018/04/18 08:26   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1954年アメリカ映画 監督ニコラス・レイ
ネタバレあり

40年以上前に有名な主題歌につられてTVで観たのが最初。最初の長い口論と最後の果し合いだけが印象に残った。二回目は30年くらい前に衛星放送の完全版で観たと思うが、最初から最後まで面白くなかった。

その後私淑する双葉十三郎氏の「ぼくの採点表:1940〜50年代」を買ってチェックしてみたら酷評、恐らく僕の評価より下であった。さらにその後ヌーヴェルヴァーグ“カイエ・デュ・シネマ派”が本作を絶賛していると知ってびっくり。
 日本では東大総長経験者である蓮實重彦氏が、“カイエ・デュ・シネマ”に傾倒しているせいで本作を同様に高く評価し、双葉先生とバッティングしている。世代が違うので直接丁々発止とやったことはないと思われるが、この作品により映画観上の対立関係になったらしい(双葉先生のほうにその意識はなかったろうが)。
 因みに、大学時代友人が参加していたゼミの女性に「蓮實さんとは繋がりがあるの?」と問われ、「いいえ」と答えたら、「映画ファンって一匹狼が多いのかな?」という趣旨の意見を言われたことを今思い出した。

で、僕の現在における評価は、西部劇としては凡作未満だが、恋愛ドラマとしてなら凡作くらいには行く。いずれにしても、ジョン・フォードやジョン・ウェインを愛する本格的西部劇ファンは買わないだろうと憶測する。

ギターを持った風来坊ジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)が仕事を求め(?)西部に孤立する酒場に行ってみて、鉄道敷設を進めて顧客を増やしたい女将ヴィエンナ(ジョーン・クローフォード)と、駅馬車強盗で兄を失った鉄道敷設反対派の女傑エマ(マーセデス・マッケンブリッジ)とが激しく争う現場に遭遇する。

エマが女将を憎むのは、襲撃犯のリーダー格ダンシング・キッド(スコット・ブラディー)を巡る三角関係が本当の理由。ジョーンはジョーンで実は昔の恋人であるジョニーと二重の三角関係にあり、色々な出入りの後で保安官が「女同士の闘いだ(男に出る幕はない)」と的を射た意見を言ってチャラになるという、西部劇としては実に異色、正確に言えばヘンテコな作品でござる。

恋愛ドラマとしては、深層心理的なところが絡んで面白くなくもないのだが、双葉師匠が言うように主演のジョーン・クローフォードが終始目玉をひんむく大時代的なオーヴァーアクト(全く同様のコメントをIMDbで或る外人さんがしていて笑った)で、甚だ興ざめる。
 男性陣はオーヴァーでない代わり全く冴えない。アーネスト・ボーグナインに少し面白味があるくらいである。

総じて、“カイエ・デュ・シネマ”の意見に影響されたシネフィルが世界中に溢れて実力以上の高い評価に繋がっているという印象を免れない。

音楽は良いが、ペギー・リーの主題歌は一番くらいは全部聞かせて貰いたかったですな。

マーセデス・マッケンブリッジは「エクソシスト」の悪魔の声で名前を憶えた気がする。

因みに、今この映画を観ると、ヴィエンナが移民・難民を排除しない民主派で、エマがトランプその人か支持者に見えて来る。トランプだって先住民からしてみれば、ドイツ移民の子供なんだけれどね。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
フランスのインテリ系男性は、時々、その本国では駄作だ低劣だと切り捨てられているようなものに光を当て、そこから高尚かつ機知に富む言葉を紡ぎ出してしまいますね。あれはあれでおもしろいし、あんなものを見てこんな文章が書けるのか、と、それ書いたフランスインテリ男に瞠目すべきなのでしょうが、フランスで評価されてるというのが本国に伝わって、そこからこじれておかしなことになる場合もけっこうあります。
そういう現象も含めておもしろがればいいんでしょうけれども、時々???になることはありますね。
nessko
URL
2018/04/21 23:29
nesskoさん、こんにちは。

>あんなものを見てこんな文章が書けるのか
何年か前「カイエ・デュ・シネマ」の批評(というより評論かな)を読んだことがありますが、殆どお経でした。僕には哲学の本の方がよほど理解できる(笑)

ヒッチコックやホークスの評価をアメリカで上げたのは良い一方、サミュエル・フラーはそんなに褒める必要はないと思います。彼らの言いたいことは解っているつもりで言っております。
昔、淀川長治氏が「褒めなくていい映画をわざと褒めようとする連中がいる」とくさしていたのは、こういう批評家についてなんでしょうねえ。タランティーノが褒める映画を進んで観て褒めるという傾向もありますね。タランティーノの映画も過大評価されていると思ってるだけに余計気になります。

MORばかりを褒めるのもどうかと思いますが。
オカピー
2018/04/22 20:30

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