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zoom RSS 映画評「シシリーの黒い霧」

<<   作成日時 : 2018/03/22 08:34   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1962年イタリア映画 監督フランチェスコ・ロージ
ネタバレあり

1960年に松本清張が「日本の黒い霧」を発表した3年後に日本で公開されたからこんな邦題になったのであろう。映画史的には、イタリアの社会派監督フランチェスコ・ロージの出世作として知られている。僕は30年くらい前に初めて観たが、息詰まるような気分を覚えさせる秀作と思った。

中心となるのは1950年に起きた実話。自宅の前で青年サルヴァトーレ・ジュリアーノ(ピエトロ・カマラータ)が射殺体で発見される。実は、戦後シチリア独立義勇軍を指導してきた大物である。
 義勇軍の実戦部隊は山賊として活動している連中だが、彼はマフィアとも深い関係を持っている。警察とも完全に敵対しているというわけでもなく、憲兵隊も絡んでいて、誰が敵か味方が定かではない様相を呈する。
 ある時荒野で行われた共産党演説会を聞きに訪れていた人々を無差別に射撃するテロが発生する。それから程なくサルヴァトーレが殺されたのだが、彼は無差別テロの実行犯の名前を記したというメモを持っていて、暗殺前に何者かに渡している。無差別テロの容疑者として逮捕された手下格の人物ガスパーレ・ピチオッタ(フランク・ウルフ)が鍵を握っているが、肝心のことは言わずじまいのまま審理終了して投獄、やがて刑務所の中で毒殺される。それから十年近い1960年もう一人の関係者が衆人環視の中暗殺される。

死体の発見から時代を遡るという現在でもよく用いられる形式で進められ、ナレーションによりニュース映画のような気分を出す迫真的なセミ・ドキュメンタリーに仕上げられている。しかし、真実が解ってすっきりする政治ミステリーとして本作を見てしまうとがっかりすることになる。
 どの人物がどの組織に属し、どのような関係にあるかということに全く留意せずに進めているので、当時のイタリアの状況を知らない日本の観客はぽかんと観るしかないのだが、視点を少し変えることで迫力に感心することになると思う。つまり、自分たちの保身を考える恐らく複数の組織が事件を迷宮に導いてしまう様相に素直に身を任せれば、見応えを覚えるはずなのである。警察が悪い、いや憲兵隊が悪い、いやマフィアが悪い、と義憤に駆られる代わりに、魑魅魍魎が跋扈すると言うしかないシシリーの黒い霧にぞっとするのが一番、ということでござる。

森友問題も加計問題も名古屋中学事件(?)も、内閣人事局がなければ起きなかっただろう。文科省も財務省も本来であれば自分の損になることをしている。その損より大きな見返りがあるということだから、忖度というよりは官僚の保身だ。佐川氏の場合は【人間(じんかん)万事塞翁が馬】といったところで、気の毒にもなる。あの故事の最後はハッピー・エンドだが、そうにはなるまい。図式がはっきりとしているので黒い霧とは言えないものの、憂鬱になる事件群ではある。殺人が関わらないだけ今の日本はまだ良い。

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