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zoom RSS 映画評「セル」

<<   作成日時 : 2018/03/20 08:26   >>

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☆☆(4点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督トッド・ウィリアムズ
ネタバレあり

スティーヴン・キングの映画化で面白いと思ったことは殆どない。「シャイニング」にしても世評ほど感心せず、まして御本人が気に入っていないらしい。いずれにしても、大体においてはキングの責任にあらず。しかし、本作は脚本に関わっているので、素材自体に問題があるのかもしれない。

ボストンの飛行場から、ニューハンプシャー州の妻子の許へ携帯電話を掛けたジョン・キューザックは、途中で電池切れした為公衆電話からかけ直す。それも小銭が切れて中断している間に携帯電話で通話している人間が突然凶暴化して人を襲撃し始める。逃げる先々でサミュエル・L・ジャクスン、イザベル・ファーマン、オーウェン・ティーグらと合流して、様々な方法でフォーニーと呼ばれるゾンビ状態の人間の群を退け、旅を続ける。主人公のかかる旅の目的は勿論、妻子に会うためである。かくして、ニューハンプシャーについた彼は、運命共同体となった人々と離れ単独行動を始める。

最初のうちは面白いというのが一般的な評価だが、僕は寧ろ逆。何故前半がつまらないかと言えば、ゾンビ映画のヴァリエーションに過ぎないからである。ゾンビ映画はごく一部条件が揃ったものしか観ない(殆どなし)と決めた僕が面白いと思うわけがない。携帯電話で通話する行為が発症させるというのが僅かに興味を呼ぶ程度である。
 逃げているに少しずつ面白さが増すのは、もしかしたら、IT時代と言おうかネット時代と言おうか、ケーブルで繋がっている社会を風刺しているのかもしれない、などと色々と考える要素があるから。

しかし、両義的な幕切れ(まあ僕は何を見せたいのか把握したが、重大なネタバレになるので隠しておく)は全く感心できないし、携帯電話による通話と発症の関係、主人公の書くコミックと夢に共通して出て来る悪魔(?)の関係など、ジャンル映画にあるまじき説明不足の極致と言うべし。
 まあ、ネット時代の悪魔が巻き起こした事件と考えれば、オカルト映画と解釈できないでもないが、全体としてはテキトーすぎる映画としか言うしかあるまい。

「セル(売る)」と言われても、この内容では買えません。「セル」違いだけど。

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