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zoom RSS 映画評「ゴースト・イン・ザ・シェル」

<<   作成日時 : 2018/02/10 10:51   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イギリス=アメリカ=香港=中国=インド合作映画 監督ルパート・サンダーズ
ネタバレあり

士郎正宗のコミックを押井守がアニメ化した「攻殻機動隊」の“なんちゃって”実写化で、ヒロインらを白人が演じるのがお楽しみと言えばお楽しみ。十数年前アニメ映画の第一作と「イノセンス」(2004年)を観ているので、“全く知らない”と頬かむりは出来ないものの、詳しくないので、比較その他は一切しない。

人とサイボーグとロボットが共生する近未来の電脳社会が舞台で、脳だけが人間である“少佐”と呼ばれる女性捜査官(スカーレット・ヨハンソン)は、荒巻大輔(ビートたけし)を課長とする公安9課に属し、サイバー・テロ犯罪に対応している。
 ある時彼女の生みの親であるハンカ・ロボティクス社の科学者数名が殺される事件が発生、自らが破壊したロボットと接続した結果、クゼと名乗る電脳ハッカー(マイケル・ピット)が浮かび上がるが、やがて接触した彼からハンカ社のやっていることの真実を教えられ、自分の記憶が社によって植え付けられたものであると知る。
 かくして街を彷徨い始めた彼女は、自分の出自を概ね知ると同時に、ハンカ社社長(ピーター・フェルディナンド)が諸悪の根源であると認識、課長や相棒的存在バトー(ピルー・アスベック)と一致協力して行動を起こす。

アクションを見せ場に、電脳化人間が自分のアイデンティティーを探すお話で、その過程で“何を以って人間とするか”という哲学的アプローチも出てくるが、さほど重視しているとも思われない扱い。
 人間の人たる所以はやはり記憶にあり、脳の記憶する部分がダメになった人間は、少なくとも、それまで彼若しくは彼女であったその人と全く同一とは言えないのではないか、などと本作に関する理解を超えて、考えたりもする。ヒロインが自分の記憶が本当でないものと知った時に苦しむ所以もそこにある。

画面は、原作が日本人ということもあって、日本語が氾濫し、「ブレードランナー」(1982年)に似ているのはアニメ作と同様。CGは結局は絵であるから、殆どのバックが絵である作品を実写映画と称するのも何だが気が引ける。

SFが氾濫する現在ではさほど珍しい内容ではなく、画面も二番煎じだから、特にこの手のジャンル映画では新味を重視する僕にとって面白いと言いがたい。徹底的に哲学的アングルで見せたらもっと興味深い作品になったであろうが、スカーレット嬢を主演にそんな作品は作れまい。まして、中国大衆に見せるべく中国資本が絡んでいるだけに。但し、新味に拘らずに言えば、割合しっかり作られている部類である。

こういう作品を観ると、映画サイトでは“世界観”という単語が氾濫する。何度も言っているように、“世界観”は現存する世界に対してその人がどう思うかを指す概念であるから、“作ること”は出来ない。宮崎駿は言うまでもなく、押井守の作品からもある程度作品からその“世界観”を感じ取れるが、彼らの“世界観”は創作されたものの背後に揺曳するものである。ある一定の“世界観”を持っているから彼らの作品はあのように独自なものになるのである。従って、独特のムードを持つ作品を指して“世界観が凄い”などと“創作”を前提にこの言葉を使うのは明らかな誤用。それなら具体的に作品設定、若しくは作品世界(が凄い)と言えば良い。誤用自体は許容できるが、本来の意味をきちんと認識した上で使わなければならない。

昨晩のオリンピック開会式で、NHKアナ氏が眼前に展開するスペクタクルを指して“世界観”ではなく“世界”と言っていたのは正しい。言葉に対する意識の高い人を見るのは嬉しい。

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『ゴースト・イン・ザ・シェル』('17初鑑賞32・劇場)
☆☆☆☆− (10段階評価で 8) 4月7日(金) OSシネマズ神戸ハーバーランド スクリーン1にて 13:20の回を鑑賞。2D:字幕版。 4月12日(水) 109シネマズ大阪EXPOシティ シアター11にて 15:30の回を鑑賞。 IMAX 次世代3D:字幕版。  ...続きを見る
みはいる・BのB
2018/02/12 14:33
「ゴースト・イン・ザ・シェル」(1回目)
おもしろかった。 ...続きを見る
或る日の出来事
2018/02/13 08:51

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
この映画は未見なんですが(アニメ版は見ています)、日本のマンガ/アニメの実写化で、原作では主人公日本人だったのに、実写版で白人女優に演じさせたのが気に入らない、差別だ白人優位だ搾取だと文句を言う人が出たせいで、まともに評価されずじまいになりそうで残念です。
日本のマンガは、とくに少女マンガはオードリー・ヘップバーンが主演したような洋画作品をマンガでやっているようなものが昔は多くて(最近のは読んでないので)、絵柄もどう見てもモデルとしてるのは白人美男美女みたいなのがデフォルトになってて、アニメ絵もそうですよね。だから白人女優が演じる方が原作のイメージに合うでしょうし、それに、米国のアジア系と同様、日本に住んでいる白人や白人混血の方もおられるので、あの人種差別だなんだというのは、ちょっと鼻白みました。
米国で生きているアジア系や、ハリウッドで仕事をしたいアジア系俳優からすれば、自分たちが得られそうな役を白人に取られるのは大問題かもしれませんが、日本人にしてみれば、邦画は日本人で撮りますので、ハリウッド製だと白人黒人が出てくる方が観ていて楽しいですね。
nessko
URL
2018/02/10 15:15
この作品はAmazonプレミアムビデオで観させていただきました。
驚くような内容ではありませんですね。
それなりに面白く観させていただきましたが・・・
スカーレット・ヨハンソンが黒髪になると、日本の女優にもこんな人がいるような・・・という印象を受けましたです。
最近の研究では人間の体を作っている臓器それぞれに記憶があり、一つの臓器が損傷した場合、他の臓器が代理することがあるそうで・・・・人の体はひとつのネットワークになっていて共有しあっているとか・・・
となると金属で出来たロボット、サイボーグでは永遠に人間になることが出来ないじゃあないんだろうか?と思う次第。
2020年ごろまでには、AIにより犯罪が発生する可能性がある場所を特定することが出来るようにする研究もされているとかいう話もあり、まるで『マイノリティ・リポート』の世界が現実化するんじゃろうか?
なんて、思ったりしておりますが、まあもっと驚かして欲しいです。
ねこのひげ
2018/02/10 18:35
nesskoさん、こんにちは。

>差別

つまらない、歪んだナショナリズムですねえ。
そもそも日本のものを取り上げる時点で差別どころか敬意があるでしょうに。

何故か知りませんが、映画だけ特別視する人が多い。チェーホフの戯曲を日本語で日本人が演じても日本人は勿論ロシア人も文句を言いません。映画は現実っぽいからという理由でしょうが、現実っぽいのであって現実ではないのだから、大した問題ではないと思う次第。こうした問題に騒ぐ人は却って日本に自信がないんですよ、きっと。
 僕など逆に、崩壊した世界を描く時に日本映画では日本人が管理しているという設定が多いですが、時々「それは変だろう」と思うことが多いです。

>自分たちが得られそうな役を白人に取られるのは大問題かもしれません

そういうのが合理的な考え方と思います。
オカピー
2018/02/10 19:12
ねこのひげさん、こんにちは。

>スカーレット・ヨハンソンが黒髪になる
彼女のような北欧系の白人が黒髪になると、肌の白さが際立って綺麗ですね。印象が変わります。日本人も大いに黒髪にすべきです。肌の美しさが引き立ちます。

>他の臓器が代理する
腸がガンなどで失われた胃の代わりをするのは、そういうことでしょうかねえ。

>AIにより犯罪が発生する可能性がある場所を特定
新聞で読みました。
 過剰にそれを信用すると、権利侵害を引きおこすことがあり、慎重を期したいという意見がありました。犯罪抑制になるのは悪いことではないので、うまく使ってほしいですね。
オカピー
2018/02/10 19:23
nesskoさんのコメントにある、昔の日本の漫画がモデルとしたのは白人美男美女というのは確かにそうであり、神様手塚治虫も、白雪姫のように美しくピーターパンのように果敢な剣士を・・と思い「リボンの騎士」のサファイア姫を描きました・・(モデルは宝塚時代の淡島千景)
宮崎駿のアニメの少女もどちらかといえば外国人風に見えるし、住居なども日本というより欧州の都市のそれに近い。
日本の漫画アニメが世界を席巻した理由の一つがその普遍性、汎用性にあるのでは、と思っていたのですが。

実は、世界のジャパニメーション好きにとって、日本マンガの主人公たちは日本人そのものに見えるらしいです。
スカヨハ版を批判したのも、アメリカ人のファンが多かったとか。
まさに今、五輪で活躍中の女子フィギュアのメドベージェワは日本のマンガオタクとして有名ですが、彼女はとても美人なのに、日本人女性がコスプレしたほうがキャラクタ−に似ていて美しいと羨ましがります。
不思議な気もしますが、彼らは日本のマンガやアニメの中に、日本女性の美を見出しているのかもしれませんね。

 五輪が出たところで、プロフェッサーもご覧になったと思います開会式。
なんですかね・あれっていつ頃からあんな感じになったでしょうか?
確かに運営側も、いろいろ独自色を出そうと努力したでしょうが、ぼくには出演者がブラジル人から韓国人にかわっただけで似たような演目を見ているとしか・・。
盛りつけと色見は違っても、中身は同じ定食を食べさせられている。
その気持ちは、韓国人男女歌手が「イマジン」を歌い始めた時に頂点に達し。

もっとシンプルでいい気もしますが(甲子園では予選を勝ち抜いた代表の行進と選手宣誓のみで感動ですよね♪)
まあ、いまさら昔のスタイルに戻れと言っても無理なのでしょうねぇ(笑)
浅野佑都
2018/02/12 21:17
浅野佑都さん、こんにちは。

>昔の日本の漫画

特に少女漫画は、白人そのものにしか、僕らは見えないですが、西洋人にはそのように映りますか。確かにアメコミに出て来る白人とは大分違いますが、人間の感性とは面白いものです。

>スカヨハ版を批判したのも、アメリカ人のファンが多かった

ふむふむ。僕の勝手な思い込みでしたか(笑)
 日本のナショナリストでなければ可愛いものです。日本でのほうが評判良さそうなのはそういうことだったのかな。

>五輪

一番面白くないのが開会式ですが、大体見ましたよ。ロサンゼルスの頃は、ロケットマンみたいのは出てきましたが、最近多い民族の多様性とか歴史を表現するといった大仰なものはなかったような気がします。余り平和を強調するのも鼻白むものがありますね。天国のジョン・レノンも苦笑いしているのでは。

あと2年後には東京オリンピックがありますが、仰るようにそのままこの路線が続くのでしょう。その代わりいつの時代も試合そのものは感動的です。
オカピー
2018/02/13 22:05

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