プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「天使にショパンの歌声を」

<<   作成日時 : 2018/01/22 08:55   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

☆☆☆(6点/10点満点中)
2015年カナダ映画 監督レア・プール
ネタバレあり

原題と全く違うタイトルを付ける点で日本映画興行スタイルは独自と言って良い。一時原題をそのままカタカナにした邦題がはやったが、今世紀に入り大昔に戻ったような大仰な邦題が増えてきた。それ自体は一向に構わないものの、時々間違った日本語だったり、意味不明のものがあったりするのは困る。
 本作の邦題が「天使にラブソングを」を意識したのは明白だが、“ショパンの歌声”の解釈に困る。一般的にこの措辞では“ショパンが歌った時の声”の意味になるが、事実関係から“ショパン”ではそういう意味でないのは明らか。「ゲーテを映画化する」といった具合に、人名だけでその人の作品を表すこともあるが、その意味での解釈も余り妥当ではない。音楽的にはショパンの歌という観念はまずないからである。ショパンのピアノ曲に歌詞をつけて歌にすることはあるだろうが、いずれにしても、僕の感覚ではこの邦題は訳が解らない。

カナダのケベック州の、ある修道院系寄宿学校が舞台。
 院長でもある校長セリーヌ・ボニエはピアニスト出身で音楽に力を注いでいる為、同校は事実上の音楽学校である。彼女は、母親が重病に陥った姪リサンドル・メナールを編入させる。リサンドルは両親の問題があって些か反抗的ながら、ピアノの腕前は断然優秀だ。
 しかし、新しい修道院総長マリー・ティフォが経済至上主義で、お金のかかる音楽活動を止めようとしているので、院長は生徒と力を合わせて阻止すべく催しを設ける。ある時本部からの通達で修道女全員が修道服を脱ぐことになるが、複雑な思いを抱きながらも「自由になれた」と気分を刷新し、総長への徹底抗戦に邁進しようとするも、総長は先に手を打って学校を売却、院長を転任させてしまう。
 セリーヌは母親を失ったメリーヌをコンクールに出場させ、優秀な成績を収めさせる。

非常に真面目な作品ながら、狙いが些か不鮮明である。幕切れを見ると、音楽に注いできたヒロインの情熱に収斂していく内容と思われるが、教育を支配する力が教会から行政に移りつつあり、バチカンが修道院を改革し、総長が学校を変えるか若しくは売却する、といった改革・革新が通奏低音として全編を覆うというアイデアは良いものの、変化に良いことと悪いことの双方があることから主題へのピントがぼけ気味になったような気がするのである。

監督は「天国の青い蝶」の女性監督レア・プール。あの作品でもけれんに走らない生真面目な印象があったが、真面目すぎて面白味にかける傾向がある。

妙な日本語の例。近頃若い人や営業マンに目立つ「そうなんですね」は、「そうですか」では疑っていると思われるので言い換えていると聞くが、普通のイントネーションによる「そうですか」の「か」は疑問ではなく感動(驚き)・詠嘆を表す。そうした基本知識のなさが日本語を妙に変えていくのだ。全く怪しからん(笑)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ホルストのジュピターに歌詞をつけて歌った平原綾香さんの例もありますから、間違いかねませんね〜
まあ、タイトルを工夫していく楽しさはありますからね。
淀川長春のように傑作なタイトルを生み出してくれること期待したいです。
ねこのひげ
2018/01/22 16:44
ねこのひげさん、こんにちは。

僕は、この邦題に対し、常識的な角度からの批判が少ないのにびっくりしましたよ。
音楽的常識からして、すんなり理解できる言葉ではないと思いますが。

ただ、変な日本語ではない限り、日本語でタイトルをつけようという意気込みは買いたいと思います。原題を直訳すれば良いという人が多いですが、欧米映画の原題は日本人にピンと来ないものが多いんですよね。

明治時代、海外の小説が随分オリジナルと違う邦題がつけられた伝統が未だ続いているという次第。
オカピー
2018/01/22 20:39

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「天使にショパンの歌声を」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる