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zoom RSS 映画評「われに撃つ用意あり」

<<   作成日時 : 2017/10/23 14:38   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1990年日本映画 監督・若松孝二
ネタバレあり

大学へ入った1970年代後半学生運動はすっかり収まっていたが、校舎の壁に描かれたままの赤い大きな檄文が当時の名残りを感じさせた。僕は、気分だけ少し知っている世代である。

さて、一時期ポルノ映画を作っていた若松孝二は晩年の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」で個人的な知り合いであった連合赤軍の女性メンバーに同情を示した。学生運動への興味は付け焼き刃でなかったのである。それを知っているとこの作品には違う印象を覚えると思う。

中国系タイ人本当はベトナム難民である美女・呂㛢菱(=ルー・シュウイン)は新宿の繁華街をヤクザに追われまくり、スナックの店長・原田芳雄に匿われる。
 その夜このスナックの閉店パーティーに彼の全共闘時代の同志たち(小倉一郎、山口美也子、西岡徳馬、石橋蓮司、斎藤洋介)が集まる。全共闘時代の話で盛り上がる中、中国系ヤクザが現れ、抵抗した石橋を射殺して彼女を拉致する。実は組長を殺したからだけではなく、殺人を収めたビデオを持ち逃げした為に彼女は追われていたのである。
 皆を返した後原田は腐れ縁の桃井とタッグを組んでベトナム娘を奪還しに事務所に乗り込む。負傷しながらも彼女を救出した二人は、関係するヤクザを一網打尽にした因縁のある刑事・蟹江敬三とその部下に遭遇し、予想もしない撃ち合いになる。

後半のハードボイルド・アクション的なところに主眼を置いて観ると、中盤を占拠する全共闘時代の話は退屈に思えるだろう。しかし、若松監督は学生運動に挫折した人々のその引きずりぶりを描きたくてたまらなかったのではないかと思うと、(元)左翼らしい硬直した台詞に陳腐な印象を伴うところが多いながらも、回顧で我が身を慰めるしかない彼らの虚しさに感じ入るものあり、少なくとも退屈は感じない。
 最後に負傷した二人が、防弾用の雑誌を取り出す幕切れのとぼけぶりが秀逸。男女ではあるが、「俺とお前」的な抜群に良い味を残す。彼らは20年前に完結できなかった変革という冒険を、ベトナム娘をヤクザから取り戻す冒険で完結させようとしたのであろう。

本作が製作された1990年頃、デジタル時代という印象で映画を観ることが多くなったが、本作の良さを感じるとしたら寧ろ時代に逆らうアナログ臭さである。若松監督が20年前の1970年近辺の気分を再現するような目標をもって製作したらしいとは言え、現在の作品がいかにデジタル臭いか今更ながら嘆息させられる。優れた作品と思うが、内容に照れ臭さも覚えるため、星は抑え気味にした。

小池百合子氏がある意味まっとうすぎる戦略を示したことが、与党を利した(もしくは与党に資した)。安倍打倒を目指すならば、民進党議員を無条件に迎えるべきであった。そうすれば与野党逆転までは行かないにしても結構接近したかもしれない。小池氏本人が出馬していれば、なおさらである。言わば、学生運動に挫折した諸氏の心境か。

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コメント(2件)

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 >内容に照れ臭さも覚えるため、星は抑え気味

ガロなどの全共闘世代御用達のマンガを読み、時代の雰囲気を知っている程度の中学生だったぼくにしても、ある種の照れくささを感じます・・。一世代上の人たちはどう思うのか・・。
プロフェッサーの評論は鋭く、全く読み違えていない。
地元で沸き起こった山荘の事件には野次馬的な興味しか持てませんでした・・なぜ、暴力なのか・・という疑問は常にあり。
学生たちの最年少メンバーの加藤元久は僕らと幾つも年の違わない高校生だったということも知らなかった当時・・。

 祭りの準備に狂喜乱舞し、後片付けもせずに去った全共闘世代が残したのは、いわゆる「内ゲバ」に明け暮れた闘争もどきであり、彼らの後に現れたのは朝日ジャーナルより日経を読む現代につながる学生たちでした。

当時の彼らと同じ言葉で、「問題意識」を持って政治的なことを語ろうとすれば「ネクラ」と呼ばれた後の世代のことは映画の題材にもなりません((笑)
 
 ただ、所詮、豊かで平和な日本の学生運動はコップの中の嵐・・革命ごっこの終わった次の舞台はビジネスの世界の闘争だったとは、よく言われるところです。。。
「実録 あさま山荘・・」では、一部の学生たちにシンパシーを示した全共闘世代より年長の監督の「あんたら、本当に撃つ用意があったのかい?、」という声がぼくには聞こえるような気がします・・。。
浅野佑都
2017/10/24 15:24
浅野佑都さん、こんにちは。

>全く読み違えていない
有難うございます。恐縮です。

>「ネクラ」と呼ばれた後の世代
「新人類」と言われたのは僕らだったでしょうか?
僕が友達と話したのは、音楽・文学・映画・野球そして専攻(ロシア語・ロシア文学)くらいでしたね。「朝日ジャーナル」を持っている学生はいましたが。

>日本の学生運動はコップの中の嵐・・革命ごっこの終わった次の舞台はビジネスの世界の闘争だった

そうなんでしょうね。僕は後から来た世代ですし、研究するとしたらこれからですが。
1968年のフランスの5月革命のほうが、まだ本物っぽかったのかもしれません。

>あんたら、本当に撃つ用意があったのかい?
映画では、加藤元久(と思われる人物)に「どいつもこいつも勇気がなかったんだ」と言わせています。僕はこれを監督の死者への鎮魂の言葉と思っていますが、この言葉はそういう意味であったかもしれませんね。
オカピー
2017/10/24 21:51

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