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zoom RSS 映画評「ストリート・オーケストラ」

<<   作成日時 : 2017/10/11 09:05   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2015年ブラジル映画 監督セルジオ・マシャード
ネタバレあり

音楽と教室という組み合わせでは「陽のあたる教室」(1995年)という秀作があったが、こちらは、不良高校生たちが一人の先生と一つの目標により更生し、成長していくという点でフランス映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」と重なるものがある。

リオデジャネイロ、バイオリンの神童と言われながらあがり症の為にオーディションに失敗してばかりのラエルチ(ラザロ・ハーモス)は、四重奏団のメンバーともうまく行かず、結局生活のため貧民窟の子供たちが集まる学校のだらしない生徒たちを指導することになる。楽譜が全く読めないなど音楽レベルが低いのはともかく、家庭環境が悪いものが多く、全く一体感がない。
 一年近く経ち何とか演奏らしくなってきたと思ったの束の間、別格的な才能を示していたサムエル(カイケ・ジェズース)がメンバーの一人で麻薬ギャングの使い走りをしている悪友VR(エウジオ・ヴィエイラ)の盗んだバイクに乗ったことから警官に射殺されてしまう。
 この後、ラエルチはやっと合格した州交響楽団の試用楽員との二足の草鞋を履いて生徒たちをオーケストラとしてのデビューに導く。

というお話は実話ベースで、その意味でも「奇跡の教室」と同じながら、主題のまとめ方の巧みさで同作に大分及ばない。

最近僕が観る洋画の小品は、省略を活用している作品が目立つ一方で、省略の仕方がまずく「舌足らず」となってしまうケースも少なくない。本作はその典型で、例えば全く下手だった生徒たちが幾つかのショットの後にまとまった演奏をしている。先生が「一年近く経って・・・」という言葉を吐いているので、それ自体は納得できるものの、季節の変化等を見せないので時間経過を認識できず、同時に演奏レベルの変化を見せて貰えないことで観客の期待との間に齟齬を生じてしまう。
 個人的にもっと不満なのは、主人公が「試用楽員だから指導をする余裕がない」と一度は断ったのに、結局は指導との二足の草鞋をはくことになるのだが、それをどう成功させたか全く説明されない終盤の展開である。少しだけ解るのは生徒が希望したらしく教える時間を夜にしたらしいことだが、もう少し説明がないとやはり観客の期待に背く。省略と言えば聞こえは良いが、これが僕の言う「舌足らず」ということである。

反面、リオ・スラム街の環境の悪さは今更ながら、これについてはなかなか感じを出している。この辺りから判断すると、監督セルジオ・マシャードの眼目は、紆余曲折のある実話を通してこれを見せることだったのではないかと、思えてくる。

余り説明が多いのも何ですが。

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映画・ストリート・オーケストラ
原題 Tudo Que Aprendemos Juntos英題 The Violin Teacher2015年 ブラジル ...続きを見る
読書と映画とガーデニング
2017/10/11 10:06

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