プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「月光の夏」

<<   作成日時 : 2017/09/27 10:27   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1993年日本映画 監督・神山征二郎
ネタバレあり

観始めてすぐに「どこかで聞いた(見た)話だなあ。別の映画かTV『アンビリバボー』のような再現ドラマで見たのだろうか」と考えた。しかし、何ということはない、IMDbに投票しに行ったら既に記録されていた。つまり、再鑑賞だったのだ。ここまでの出来栄えであることを考えると余りないケースだが、僕もすっかり老いぼれたか。

1990年佐賀県の鳥栖小学校で一台の古いドイツ製ピアノが注目される。退職した女教師・吉岡公子(渡辺美佐子、若い時は若村麻由美)が、1945年5月に突然学校を訪れ、そのピアノでベートーヴェンの「月光」と「海ゆかば」を弾いて特攻に出て行った師範学校と音楽大学出身の隊員二人の思い出を話したからだ。名前は不明だった。

ところが、やがて新聞記者が突き止めたそのうちの一人、師範学校出の風間(仲代達矢、若い時は田中実)は「憶えていない」とお茶を濁す。
 日本の国会の答弁でも見られるように、憶えていてしかるべきケースで人が「記憶にない」という時は自分に不都合なことがあると自ら認めることに他ならない。このケースでは考えるまでもなく、生き残った特攻隊員としての負い目である。一部の人々がそこに思いが至らず、「思い出話は作り事ではないか」と考えるのは情けない。

閑話休題。
 TV局の報道記者(石野真子)とジャーナリスト(山本圭)が追及するが、風間は認めようとしない。彼を変心させるのは、公子の丁寧な詫び状である。これに動かされた彼はジャーナリストに真相を語り、後日修繕の終わったピアノの置かれた学校を訪れ、死んだ友人の弾いた「月光」を弾く。

神山征二郎という監督は、名前の通り(?)誠実な作風の人で、本作も真面目に戦後に向き合い、死ねなかった特攻隊員の気持ちに寄り添うように静かに作っている。そうして浮かび上がって来る風間の思いが胸を打つ。彼は公子に「生きてくださって良かった」と言われて、戦後45年にして初めて自身でそれを実感したことであろう。

きちんと鑑賞できた人は、死人と生きた屍を生む戦争は二度としてはならない、と思うはずである。大傑作ではないが、忘れたくない佳作と思う。

兵士も戦力である以上、積極的に兵士を死なせるのは戦略として論外。20世紀の戦争に、精神主義で勝てるものはなかったであろう。その意味でアメリカ人は賢かった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「月光の夏」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる