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zoom RSS 映画評「アンダーワールド:ブラッド・ウォーズ」

<<   作成日時 : 2017/08/11 08:32   >>

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☆★(3点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督アンナ・フォースター
ネタバレあり

全部付き合ってきたが、僕が(劇)映画と認めていないシリーズである。面白いつまらないではなく、「劇映画は人間を描くものである」という最低限の条件を満たしていないからだ。別に人間ドラマを作れなどと言っているわけではない。喜怒哀楽といった人間の生活感情に立脚した内容でなければならないということだ。

本作には喜怒哀楽はありますよ、と言う人がいるだろう。しかし、僕の理屈はこうだ。

まず、本作に登場して来るヴァンパイアもライカン(狼男)も、人間の物事への恐怖を象徴する影である。本シリーズには、光たる人間が登場せず、登場しても狂言回し以上のものではなく、有機的な存在ではない。光が存在しないのに、影が勝手に動き回る変な作品なのだ。
 映画作者も「そのままでは観客が感情移入できない」ことが解っているので、人間同士の対決のようなムードを醸成する。一言で言えば、擬人化である。しかし、本来人間の恐怖が投影された怪物たちを擬人化することくらいバカバカしいことはあるまい。光があるから影があるが、影に光を当てれば存在が消えてしまう。つまり、本シリーズは映画たる要件を全く満たしていないのである。

今世紀に入り、つまらないことを理由に怒ったことのない僕が映画を見て怒ったのは、「アイランド」と本シリーズだけ。つまらないか面白いかと言えば、彼らを人間同様に観て感情移入できるとすれば、一通り観ていられる。

一応ごくシンプルにお話を書いておきましょう。
 ヴァンパイア族のヒロイン(ケイト・ベッキンセイル)が、ライカン族との混血である娘の血を欲しがるライカン族に襲撃される一方、彼らの攻撃に難儀しているとヴァンパイ族の女性(ララ・パルヴァー)に呼び出される。ところが、これが罠で、彼女は両者に追われることになる。

というお話は、既に記したように、何の意味もない。本作における擬人化はインチキで、映画に対する作者たちの志の低さを表わしているのにすぎない。

人間を出さずとも人は描ける。しかし、人間以外の者を通して人間を描けたのは僕の知る限り「A・I」だけである。至難ということだ。

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アンダーワールド ブラッド・ウォーズ
長老殺しの罪で同胞から追放されていた吸血鬼(ヴァンパイア)族の女戦士セリーンは、兵の養成のために呼び戻される。 新リーダーのマリウス率いる狼男(ライカン)族の猛攻によって、ヴァンパイア族は劣勢に追い込まれていたのだ。 だが、誰もがセリーンの復帰を認めたわけではなかった…。 ゴシック・サイバー・アクションホラー。 ...続きを見る
象のロケット
2017/08/30 17:25

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
人間の醜い争いをバンパイアとライカンに置き換えて描いたのかもしれませんね。
どちらにしろ下手ですけどね。
『グリム』シリーズもちょっとね。

『AI』で思い出しましたけど、ネットの記事で、中国で人の質問に対してAIが答えるというネットサイトがあったそうですけど、ある人が『共産主義とは?』と質問したら『共産は無用な政治機構だ』と答えたとか、さらに聞くと『共産政治は腐敗している』と答えたので、中国政府が慌てて閉鎖したとか・・・
『民主主義とは?』と質問してみなかったんですかね?
ねこのひげ
2017/08/11 11:47
ねこのひげさん、こんにちは。

>人間の醜い争い
それが余りに直球なので、架空の怪物に演じさせる意味がないのが、ダメですね。
これならギャング映画の抗争と何も変わらない。

>『共産主義とは?』
それに慌てて、現在“再教育”しているところだそうですよ。
AIは、人間より“転向”させるのが簡単そうですね。
オカピー
2017/08/12 04:15

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