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zoom RSS 映画評「ベニスに死す」

<<   作成日時 : 2017/05/15 08:48   >>

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☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1971年イタリア=フランス合作映画 監督ルキノ・ヴィスコンティ
ネタバレあり

1971年ビョルン・アンドレセンの美少年ぶりが大いに話題になった。当時僕はローティーンだったが、映画館で観る前に来日した彼がTVに出ていたのを記憶している。日本では評価の高いルキノ・ヴィスコンティの作品群の中でも1,2位を争う高評価作品である。個人的にはもっと通俗的な「イノセント」が一番ピンと来るのだが、本作の凄みは筆舌に尽くしがたい。

純粋な美と完全さを音楽に求める大作曲家グスタフ・アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、幼い娘に死なれ音楽的にも大不評を被った傷心を癒すべく、夏のベニスを訪れ、滞在するホテルで素晴らしい美少年ダジオ(アンドレセン)を発見して注目し始める。音楽的イメージを惹起するまでの美を持つ少年を見れば見るほど魅了され、やがては理髪店に行って化粧を施してもらい、少年を追い回す。タジオもそれに気づいて不敵な笑みを浮かべる。アッシェンバッハは観光客には知らされないまま流行っているコレラに感染し、友人と喧嘩をした後海辺に出ていくタジオの神々しい姿を眺めながらビーチチェアの上で息を引き取る。

同性愛若しくは同性愛者の映画と思うのは的外れである。序盤に主人公が交わす音楽論議が示すように、彼は音楽に純粋(善的)な美と完全さを求める音楽観を持っている。そこへ現れるのが音楽的イメージさえ湧かせるような美少年。美を求める者が美に接すれば当然その虜囚となる。それ故にこの老作曲家は自らの老醜を憎み、純粋で善的な美という自らの哲学を崩壊させ、悪魔的なデカダンスの方向に向かう。つまり、本作は、美と醜、若年と老年、善と悪、精神(理論)と肉体(現実)、理性と情熱という対立軸で進められるわけで、こうした展開上、対象は美少女であっても全然構わない。同性愛に拘っていては本作の理解はごく一部に留まることになるであろう。

彼の少年を追い求める心理的要因は、砂時計の突然やってくる砂の終わり寸前にある作曲家の、その時間の終わる間際に忽然と湧き上がった美や若さへの欲求である。しかし、それを求める彼自身は老醜(老臭か)芬々たるもの。漸く出たベニスの太陽が髪の着色料を額に流し落とす老残ぶりを示す無残な幕切れに観客は圧倒されることになる。

全編を彩るアッシェンバッハのモデルと言われるグスタフ・マーラーの交響曲の迫力、ズームの使い方が少々気になるとは言えパスクァリーノ・ディ・サンティスの映し出す情景の耽美ぶり、そして名優ダーク・ボガードの生涯最高とも言いたくなる名演。これらが合わさって本作は鬼気迫る作品となった。

アンデルセンは僕の友人K君が「少女に見える」と言ったくらい線の細い美しさがある。悪魔的な美しさには見えないという評価を読んだが、本作の文脈上、少年自身が悪魔的かどうかは問題でなく、彼の美が老作曲家の主観において悪魔的な働きかけをしたというに過ぎない。作曲家が若ければ少年は天使にもなる。

小説家を主人公にしたトーマス・マンの原作は高校時代に読んだ。こちらも傑作でした。

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ベニスに死す
(1971/ルキノ・ヴィスコンティ製作・監督・共同脚本/ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン、シルヴァーナ・マンガーノ、ノラ・リッチ、マーク・バーンズ、マリサ・ベレンソン、ロモロ・ヴァリ/131分) ...続きを見る
テアトル十瑠
2017/06/02 11:15

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ベニスの風景と、マーラーの音楽、ダーク・ボガードの名演、最高でしたね。
淀川長治先生が主人公について「美へ最敬礼しますなぁ」とおっしゃっていましたが、そういうものがないと生きられないタイプの人(芸術家)への憐憫と冷徹な観察眼が感じられました。監督の自己批判みたいなのもあったのでしょうか。
ベニスの美しさと同時に、人々の表情などはリアリズムでとらえていますから、あの美少年もちょっといやなところのある子でしょう、ふつうの人間としての嫌な面を持ってるのね。それも描いていて、でも、主人公はそんなこと百も承知でああなってしまうんですね。作者はそれをそういうのもありですよねと見守っているようなかんじでしたか。
nessko
URL
2017/05/15 13:04
nesskoさん、こんにちは。

>監督の自己批判
原作はトーマス・マンの経験に基づいて書かれていますし、映画版でもヴィスコンティが自身の経験とは言わないまでも主人公に自分の審美・芸術観を投影している感じがあり、監督を理解するに一番ふさわしい作品かもしれませんね。

>リアリズム
ネオ・レアリスモ出身で、絢爛豪華な貴族の生活を描いても、この辺は徹底していました。

>あの美少年もちょっといやなところのある子
そうなんです。わざと近づいたり、軽く笑ったり。
主人公は彼ではなく、彼の美に抗しきれない。その悲劇。
オカピー
2017/05/15 22:15

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