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zoom RSS 映画評「牢獄」

<<   作成日時 : 2017/02/09 09:22   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1949年スウェーデン映画 監督イングマル・ベルイマン
ネタバレあり

イングマル・ベルイマンの監督第6作。ベルイマンの作品は殆ど観ているが、図書館から借りて来たビデオで観たこれは初めて。

撮影中の若い映画監督グランデ(ハッセ・エクマン)を精神病院に入院していたという学生時代の恩師が訪れ、原案を提示する。「地獄を舞台にした映画。神は悪魔に負け、地球は悪魔が支配している。即ち地球が地獄」という趣旨で、監督はそれなりに興味を持ち、脚本家トマス(ビルイェル・マルムスティーン)がそれに応じて、取材中の17歳の売春婦ビルギッタ(ドーリス・スヴェードルンド)の話をし始める。

映画はここでお話を一旦中断し、舞台となる路地を前進移動撮影で捉えながらフランソワ・トリュフォー監督「華氏451」(1966年)のようにスタッフ・キャストなど本作の紹介を始める。ベルイマンとしては極めて珍しいヌーヴェル・ヴァーグ的趣向で、興味をそそられた。

さて、妻ソフィ(エヴァ・へニング)との仲が不調で家出されてしまったトマスはビルギッタと再会し、その恋人ペーテル(スティグ・オリン)を避けるように、屋根裏部屋を借りる。彼はビルギッタの鬱屈した精神状態の原因がペーテルに子供を捨てられてしまったことにあると知るが、結局ペーテルの元に帰った彼女は自殺し、トマスはソフィと寄りを戻す。監督は「地獄の企画は中止だ」と彼らに言う。

ベルイマンの完全オリジナル(それまでの5本は原作ものという扱いらしい)ということで、確かに同時代の作品としては、後年のベルイマンに見られるテーマや要素が随所に確認され、初期では特に重要な作品と言われる理由が理解できる。
 神の不在というテーマが核となる内容で、神秘主義的な部分は「第七の封印」(1956年)や「野いちご」(1957年)に発展し、この人生こそ(地上の)地獄にほかならないという現実的な部分は「沈黙」(1963年)等の作品に発展していくことがよく分るのである。

その一方で、お話の進め方においてトマスとビルギッタの交錯が混乱して解りにくい部分があり、テーマの扱いもやや生硬な印象を残すため、後年のがっちりした構成、研ぎ澄まされたテーマ展開と言うにはまだ距離がある。ベルイマンに興味のない人には余り面白くないかもしれない。

映画作家のテーマも色々。神の沈黙、愛の不毛、恋の奴隷・・・最後はちと違いましたかな。

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